花の咲くを見て

越川道夫

梅雨入りのニュースを聞くようになって、烏瓜が花を咲かせ始めた。紅く熟れていく小ぶりの実も好きだけれども、独特の形状を持つこの白い花をわたしは偏愛してやまない。昼間のうちは魔法の杖のような形状の蕾を固く閉じているが、日没が近づくと先端から割れるように綻び始め、糸状のまるで触手のような花弁の縁が伸び切るまでおよそ30分か40分ぐらいだろうか。暗さに反応して夜にしか咲かず、咲いても一夜だけ。夕方に咲き始めた花は、午前0時過ぎにはもう触手のような花弁の先を丸く縮らせてしまい、もはや閉じていく風情である。夜半に雨などが降り、糸を完全に閉じることができず葉に張り付いたままになっている姿は凄惨なものがあるが、それもまた美しいと思わずにはいられない。
 
世阿弥の『花伝書』をぱらぱらと拾い読みしていると、「花伝第七別紙口伝」の有名な一節にぶつかる。「この口伝に、花を知る事。先、假令、花の咲くを見て、萬に花と譬へ始めし理を辨うべし。抑花と言ふに、万木千草に於いて、四季折節に咲くものなれば、その時を得て珍しき故に、翫(もてあそ)ぶなり。申楽も、人の心に珍しきと知る所、即ち面白き心なり。花と、面白きと、珍しきと、これ三つは同じ心なり」と。花が咲くのを見て、あらゆることを「花」という比喩で表現したその根本の道理を理解すべきである、と言うのだろうが、この「花の咲くを見て」に引っ掛かる。引っ掛かると言うのも変だが、世阿弥が一輪の花を前に端座して、蕾から花が開き切り、やがて萎んでいく姿を凝っと見つめ続けている姿を思い浮かべてしまうのである。それはいつ始まるのかも、どのようになるのかも、いつ終わるとも分からぬような時間であり、凝視である。しかも、見ている彼にはそれはどうすることもできない。始まりも終わりも花、次第。花が開くと言うことに、そのことだけに奉仕するような時間なのだろうと思う。馬鹿なことを言うようだが、こういう一文に出会うと現代に生きる私は、すぐに花が開く姿を微速度撮影してわずか数分で引き切る映像を思い浮かべる。確かにそれは美しく神秘的で、労力もかかった映像なのだが、その美しさはカメラの技術が作り出した、誤解を恐れずに言えば「幻術」なのである。花は決してあのようには咲かない。世阿弥の時代には、このような技術もカメラもないのだから当たり前といえば当たり前だが、微速度撮影された花の開花の映像を見るのとは、それはまったく別の経験なのだ。世阿弥が「花の咲くを見て」と言う時、彼はまさにいつ果てるとも知れない時間を、花と供にしている。それは一体どのような経験なのだろうか。
 
ここまで書いて思い出したことがある。小学生の頃だったか、今ではさほど珍しくはないのかもしれないが、近所の月下美人が咲きそうだからと言って、家族で見に行ったことがある。烏瓜と同じように、月下美人も夕方から咲き始め、朝には萎んでしまう花である。ひと鉢の月花美人を囲んで大人たちは酒とつまみである。子供だったわたしたちも遊びながら花の開花を待つことになった。やがて、18時を過ぎた頃だろうか、ゆっくりと蕾は綻び始め、満開になったのは22時ぐらいだったろうか、4時間ぐらいをかけて、強く香る白く透き通るような花は開きり、私たちもまた散会となった。もちろん、世阿弥のように凝っと花を見つめ続けていたわけではない。しかし、月下美人の開花を見るのは初めてで、花が開き切るまで一体どのくらいの時間がかかるものなのか、さっぱり見当もつかなかった。おそらく大人たちも同じだっただろうと思う。月下美人の開花を待っていたあの時間は、どういう時間だったのだろう。今夜は咲かなかったね、ということもあり得たと思う。ただその時、わたしたちの時間は、いつ咲き、いつ咲き切るかも分からない「花の時間」と共にあったのである。
 
どんな花も「その時を得て」咲くべき時に咲く。それが、いつなのかわたしたちには分からない。花は花自身の都合で咲く。私たちの意図とは無関係に。花は「宇宙的時空の絶対的必然の瞬間に、ふと、咲く」(観世寿夫)のである。烏瓜は今日も蕾を膨らませていた。