アジアのごはん(88)ルアンパバーンのポンせんべい

森下ヒバリ

ラオスの古都ルアンパバーンからメコン川をスローボートでさかのぼることにした。早朝、郊外のボート乗り場について、乗船中のお弁当を買おうとしたが、屋台や弁当売りの姿がないではないか。アジアの国々では、バスターミナルや鉄道駅などのある程度の時間がかかる移動手段の場所には、もれなく食べ物屋台、食堂、弁当売りの姿がある‥はずだった。

「な、なんで7時間も8時間もかかる船旅の船着き場で食べ物売ってないの!」ショックを受けるヒバリ‥。しかし、土手の上に一軒だけ小さな雑貨屋があり、どうやらお菓子類を売っているようである。その店に駆けつけると、保存料と添加物で出来たようなスナックしかない。せめて、ラオスの主食、もち米を蒸したカオニャオぐらい売っててよ~。

そのとき、ふとビニール袋に入れられて軒からつるされている丸いものが目に入った。やった、カオキアップだ。わたしはとりあえずカオキアップを買占め、土手を降りてスローボートに乗り込んだのであった。

「食べ物あった?」と連れ。「カオキアップしか売ってなかった‥」「ええっ。なんで売ってないんやろ?」「フランスパンサンドとか、カオニャオと干し肉とかふつう売ってるんだけどね」「途中で売りに来るかな」「鉄道やないんやから‥」

カオキアップとは、もち米のポンせんべい、とでも言いたくなる一種の「おこし」だ。蒸したもち米を直径8~10センチぐらいに円盤状にまとめ、日に干して乾燥させたあと油でかりっと揚げたものである。揚げてはあるが、あまり油は感じない、サクサクとした食感がこころよい。タイ、ラオス、雲南省のシーサンパンナ、ビルマのシャン州というタイ族居住圏で作られている。

タイでは表面にヤシ砂糖をかけて、甘く仕立てておやつに食べるのが一般的。カオキアップとは呼ばず、カオターンと呼ぶ。ラオスではほんのり塩味で、麺に割って入れたり、そのままご飯代わりに食べたりと、食事に近い扱いだ。

カオキアップ・クンというスナックもあって、つまりはえびせんべいだが、米ではなくタピオカでんぷんにエビの粉末を練り込んで生地を作り、スライスして乾燥したものを油で揚げる。ルーツはインドネシアのクルプック・ウダンである。こちらはビールのおつまみにぴったり。あれ、クルプック‥カオキアップ、なんだか似ているな。

スローボートに乗って出発を待っていると、はしけの上に立って何やら受け渡しをしている人がいる。「なんか食べ物を売ってる気配がする」「ほな、ちょっと行ってみるわ~」連れが船の先頭まで歩いていって、嬉しそうに戻ってきた。「弁当売ってた!」「やった、どんなん?」売っていたのは米粉を溶いたのを蒸して半透明のクレープ状にしたもので肉あんを包むスナックのカオキアップ・パク・モーだった。「う~ん、これ一パックじゃ足りないよ」「そ、そやろか。ほなもう一パック買うてくる」

前の席の白人旅行者が「食べ物売ってるの?」と訊いてきた。はしけの上でスナックを売っているおばさんは、足元に箱をおいて立っているだけで、食べ物を売っている気配がほとんどしないのだ。「そうそう、あの人だよ」と教えてあげると、おじさんは嬉しそうに買ってきた。それを見た別の外国人旅行者が彼に尋ね、また買いに行き‥伝言ゲームのように、船着き場で食べ物を買いそびれたと思しき旅行者のほぼ全員が何とか食べ物を入手したのであった。売店で数個しかなかったポンせんべいを買い占めたヒバリとしては、ちょっと罪悪感が薄れ、よかったよかった。

よく見るとスローボートの一番後ろには小さな売店コーナーがあり、お湯のポットもあってタイ製のカップ麺やスナック菓子、水やインスタントコーヒーも売っていた。何も食べるものを持っていなければ、ここで何とか飢えはしのげる。

もち米ポンせんべいのカオキアップは、旅行に便利だ。日持ちはするし、軽い。そして素朴な味でうまい。軽いのに食べるとかなりの満足感もある。ラオスの旅の携帯食としては蒸したもち米のカオニャオと焼き鳥や干し肉などのセットが一番と思っていたが、事前に用意するのはむずかしい。駅やバス亭、船着き場で売っていなければアウト。その点、カオキアップは事前に買っておくことができる。あまり持ち運ぶとばらばらに崩れてしまうけど。

ルアンパバーンの町を歩いていると、家の軒先でカオキアップを干している姿をよく見る。ライスペーパーも作っている。竹を使って作った縦長の笊のようなものに張り付けて家の壁や塀に立てかけて乾かす。日本で売っているライスペーパーに四角い交差したような模様がついているのは、この竹で編んだ干し板に張り付けて干した跡なのである。

ルアンパバーンでカオキアップ作りが盛んなのは、早朝の僧侶の托鉢で大量のもち米が余るからだという話もある。早朝の托鉢をする僧侶にもち米やスナックなどをタンブン(喜捨)するのが、観光の目玉になっているのだ。

地元の人は早起きしてもち米を蒸して、おかずを作ってそれをもって家の前で僧侶が来るのを待つ。タンブンする品物やもち米は道端で売られているので、観光客はそれを買って、僧侶にタンブンする。僧侶たちは自分たちで食べる分しか持ち帰らない。僧侶は喜捨のもち米やスナック類を受け取るものの、托鉢の鉢がいっぱいになるとその辺に置かれている箱やかごに中身を空けてしまうのだ。

袋入りのスナック菓子などは、子供たちが持ち帰ったり、リサイクルに回してもう一度観光客に売られたりする。そして、蒸したもち米は、かごや箱を置いた人が持ち帰って、カオキアップに加工して売る、という仕組み。これもまたなかなかいいリサイクル。とはいっても、僧侶の托鉢をそっと眺めるのはいいが、観光客がタンブンに参加して大量に食べ物を余らせるというのは、やはり違和感がある。

スローボートはのんびりとメコン川をさかのぼり、8時間予定のところを10時間かかって、パクベンという町に着いた。カオキアップも生クレープスナックもすべて食べ尽くした。ルアンアバーンからパクベンの間のメコン川とその両岸はあまり人も住んでいない。原生林が残り、自然のままの緑濃い景色が堪能できる。うつくしい緑の森と河。頭の中は空・緑・茶色い水の3つで溢れそう。

このボートはパクベンが終点で、これから先タイの国境があるフェイサイまでは明日以降のフェイサイ行のスローボートで向かうことになる。乗客は全員、この村で泊まるのだ。船着き場からぬかるむ泥の道をすべって転びながら何とか土手を上がって、ゲストハウスを探し、部屋に入るころにはもうまわりはすっかり暗くなっていた。メコン川ももう見えない。お腹がぺこぺこだ。さあ、今晩は何を食べようかな。