去年の1月、10年ぶりぐらいに味噌を仕込んだ。去年の暮れにそのカメのふたを開けて見ると、香しい匂いがぷ〜んと漂ってきた。この味噌は有機大豆1キロに米麹1.2キロと塩500グラムで仕込んで、カメに詰めた後酒粕で覆って蓋をし、やっぱり心配だからその上に無添加ラップでぴっちりおおってから重石をして1年近く寝かしていたものだ。
重石の下に敷いていた陶器のお皿に黒い液体が溜まり、その表面には産膜酵母が白いちりめんのように浮いていたが、これは別容器にとって濾すと、おいしい溜まり醤油になった。
重石をとってラップを剥がしてみると、次は酒粕である。カメのふちのあたりにはわずかに産膜酵母が付いていたが、ほぼカビは付いていない、すばらしい。ゆっくりと茶色く染まった酒粕蓋を剥がしていく。
「ほおおおお」思わず声が出た、なんとうつくしい、輝くような琥珀色の味噌であることか。さっそくすくってなめてみる。「く〜うまい・・」。「いやいや、なんでしばらく作ってなかったんだよ!」と自分で突っ込みを入れながら、のこりの酒粕を剥がしていく。この酒粕は、そのままおいしく食べられる部分もあれば、産膜酵母にまみれたあまりおいしくない部分もあった。だがこれは魚などの酒粕プラス味噌漬けベースにも使えるな。
さっそく味噌汁を作ってみる。いやはや、なんですか本当にこの香り、うまみ。ハ〜、幸せな味。身体にしみわたっていく。なんで大豆1キロ分しか仕込まなかったんだよ‥。激しく後悔。でもまあ、大豆1キロ分なので思い切って仕込んでみたんだけどね。
それにしても、この味噌作りでわたしが果たした役割はほんのわずか。大豆を茹でてつぶし、麹と塩を合わせてカメに詰めて置いといただけである。あとは菌たちがゆっくりじわじわといい仕事をしてくれたのだ。
1キロの大豆からはだいたい4キロぐらいの味噌が出来る。塩が薄めなので、たくさん使ってしまいあっという間になくなりそうである。取っておいた溜まりを味噌に戻し、かき混ぜてみると、塩分が上がって使いやすくなった。
去年の反省を踏まえて、今年もアジア旅に出る前に味噌を仕込むことにした。今年は思い切って、二倍、いや三倍の量を仕込もう。ならば、半分は去年と同じ大豆だけでなく、最近、食物繊維、腸内細菌のゴハンとしてほぼ毎日食べている青大豆を使ってみよう。
山形おきたま興農舎の無農薬青大豆、秘伝豆を1.5キロ、京都の安全農産の乾燥米麹を1キロ、そしてベトナムのカンホアの塩。もう一種類は去年と同じ北海道の無農薬大豆トヨマサリを1.5キロでいく。豆を洗って水に浸し、二晩かけて豆をふっくら戻してから圧力鍋で煮る。さすがに3キロ分を一日では無理なので、2日に分けて仕込むことにした。
味噌作りで何が大変かというと、この大豆を軟らかく煮るところだろう。買い換えたばかりの日本製の圧力鍋はなかなか思い通りに働いてくれず、圧力がかからなかったり、蒸気が噴出したりして苦労した。もっと買ってからいろいろ使っておけばよかった‥。大きな鍋がある人はじっくり何時間かかけてコトコト煮る方が楽かもしれない。豆を圧力鍋で煮るときには、鍋の容量の三分の一以下の量でなくてはいけないし、皮が圧力弁などにひっつかないよう落し蓋もしないといけない。
戻した1.5キロの大豆を3回に分けて煮ることにし、事前に麹と塩を3回分に分けておく。圧力鍋のコツが何とかつかめたのは、1日目の最後になってからであった。圧力鍋の方が、断然消費エネルギーは少なくて済むが、圧が下がるまで待つ時間などを考えると、大鍋でコトコトの方が時間的には早いかもしれない。
豆は軟らかく煮上がってしまえば、あとはつぶして塩と麹と混ぜ合わせて、カメに入れるだけである。去年の味噌は、てきとうにつぶしたので、豆粒や豆のかけらや麹の形がけっこう残っていた。ちょっと雑だったかもしれない。今回の青大豆はちょっと粘りが強い感じで、ステンレスの穴あきお玉で潰そうとしてもつぶれない。もっと煮るべきだったのか。肩が痛くなってきたので、ハンドブレンダーを使うとあっというまにペーストにできた。
カメに詰めた味噌の表面を平らにならし、板粕を敷き詰めて空気を遮断してふたにする。さらに板粕の上に塩をちょっと振り、無添加ラップをぴったり敷く。これでカメの三分の二ぐらいの量だ。平たい陶器の皿を載せてそうのうえに重石を置く。カメのふたに隙間が出来ないようにラップと麻の布巾をはさんでカメのふたをのせて仕込み完了。
青大豆のほうは、固さ調整で少し煮汁を入れ過ぎてしまい、全体の水分がやや多くなってしまったので、カビが生えないよう時々見守ってやらなくては。トヨマサリはカメに詰めるときにいい感じに丸められたので、問題ないだろう。
味噌玉をカメに詰めて行きながら、味噌というのは食物繊維の豊富な大豆を米麹で発酵させて作るものだから、食物繊維と発酵菌の合わさったスーパーフードだな、としみじみ思うのだった。腸内細菌のゴハンである食物繊維、腸内細菌にとって大切な成分を持つ各種発酵菌がそろうことで、腸内環境はすばらしくなっていく。
味噌は原発事故の後、放射能排出によいとして話題になったことを憶えている方も多いと思う。長崎の医師が原爆の後に味噌と玄米を食べることを指導して患者や看護師たちに原爆症が出なかった、軽かったという話である。この話は、チェルノブイリ事故の後でも関心を寄せられ、ソ連やヨーロッパで味噌の需要が高まった。
チェルノブイリ事故の後、ベラルーシのいくつかの研究所での研究で、体に入った放射性物質の排出に有効として推奨されたのがペクチンである。ペクチンはりんごなどの果物に多く含まれる水溶性食物繊維だ。ペクチンそのぬるぬるした性状で放射性物質を吸着して排出するためと言われていた。また、菊芋も推奨されている。
味噌、ペクチン、水溶性食物繊維イヌリンが突出して多い菊芋・・放射性物質排出に効果があるといわれる食べ物の共通点はどうも食物繊維にあるようだ。その意味するところは、食物繊維そのものがセシウムなどの放射性物質を吸着して体外に出すわけではない、のではないか。なぜなら体内に入った放射性物質はとくに腸内だけに留まっているわけではないからだ。
ベラルーシの研究所の研究成果とはいえ、ペクチンがなぜ腸以外の放射性物質にも排出作用を持つのか、ずっと疑問に思っていた。しかし、水溶性食物繊維が、腸内細菌の重要なゴハンであることを考えると、人の腸内細菌フローラが非常によい状態になることで免疫力が高まり、身体の排毒力が高まり、それが放射性物質の排出につながると考えると納得がいく。
スーパーフードともてはやされる食品の多くが食物繊維が豊富だ。豆類、ゴマ、エゴマ、チアシード、ニンニク、ラッキョウ、エシャロット、ユリ根、菊芋、生姜、昆布、寒天・・。食物繊維と発酵を組み合わせた食品では味噌、納豆、酒粕‥。
味噌は味噌汁だけでなく、これからの季節だと、ふきのとう味噌やじゃこやクルミの入ったミリンの甘み入ったおかず味噌を作って食べるのもいい。季節に合わせた各種おかず味噌は、とてもおいしい。酒のつまみには、切り合えという、ふきのとうなどあくの強い野菜を生のまままな板の上で刻んで、そこに味噌を載せてさらに包丁で切るように混ぜ合わせるだけの甘くないおかず味噌もいけます。
雪で冷やした純米酒に、ふきのとうの切り合え・・冬の日本の楽しみ、なおかつ腸内細菌のゴハン。あなたもぜひ手前味噌、作ってみませんか。まずは大豆1キロからなら3〜4時間で出来ます。カメのふたを開けた時のあの幸福感、自分で作った味噌ならではの喜びとおいしさをぜひ。
日本の冬は味噌を仕込むのに最適の季節。発酵がゆっくり進むためカビにくく、味が安定する。タイのバンコクにたどり着いて1週間たち、朝夕涼しかった日々もつかのま、夜中でも暑くなってきた。そろそろ暑気の入り口である。この気候では味噌は仕込めない。あっというまフツフツと湧いてしまうだろう。さて、タイで注目すべき食物繊維の食べ物は何かな?