メキシコ便り(16)

金野広美

踏んだりけったりの経験をしたチワワからバスで南に12時間、中央高原北西部にあるサカテカスに着きました。ここは16世紀にメキシコ随一の銀鉱として栄えたところで、当時の貴族が富みをつぎ込んだ壮麗なバロック建築がそのまま残っているところです。古い石畳の道や小さな噴水のある広場がいたるところにあり、バロック建築のチュリゲラ様式と呼ばれる緻密な装飾がほどこされたカテドラルやサント・ドミンゴ教会がそびえたっています。サカテカスの街並みを一望できるというゴーファーの丘にテレフェリコと呼ばれるロ-プーウェイで登ってみました。ここでは色とりどりの花が咲き乱れ、どこからともなくかすかにいいにおいがただよってきます。さわやかな風にふかれながら展望台から眺めるサカテカスは、赤みがかった建物の色のせいか、かわいらしい箱庭のようで平和そのもののように眼下にひろがっていました。

このあたりで採れる砂岩は赤みがかった色をしていて、その石でつくられた建物は全体に濃い桃色をしているため、ピンクシティという愛称もあるほどです。この丘はいまでこそサカテカスのビュースポットになっている場所ですが、1914年、連邦政府軍とパンチョ・ビージャ率いる革命軍によって激闘が繰り広げられ、革命軍の勝利によりメキシコに新しい時代が到来する契機になった場所でもあります。この時の戦闘の様子などを当時の武器や写真などで知ることができるサカテカス占拠博物館を訪れ、多くの生々しい戦いの記録を見ました。まだあどけない顔をした若い娘が肩から銃弾のぎっしり詰まったベルトをかけ、銃を持って少し緊張しつつ、わずかに微笑んでいるかのような表情の写真がとても印象的でした。きっと彼女はとても怖かったでしょうが、誇りを持って戦いに参加したのではないかと思わせる一枚でした。

博物館を出たあと下りは別のルートで帰ろうと、客待ちをしていたタクシーに乗りました。タクシーだと15分40ペソ(約400円)の距離なのですが、陽気におしゃべりしていた運転手が、なんと途中で知り合いの女性を見つけて助手席に乗せました。そしてなにやら彼女と楽しそうに話し出したのです。私はちょっとびっくりしてしまい、「相乗りは料金頭割りやでー」と大阪のおばちゃんになろうかと思いましたが、200円くらいのことなので、まあいいかと、ここは我慢して寛大な日本人でいましたが、日本ではちょっと考えられないことですよね。

ここサカテカスには個人のコレクションとは思えないくらい中身の充実しているといわれる2つの博物館があります。ひとつはペドロ・コロネル博物館で、ここサカテカス出身の画家ペドロ・コロネルの収集品を展示してあります。エジプトのミイラ、中国清王朝の青磁器、ギリシャの彫像、インドの神像、アフリカの木彫品、ピカソ、シャガール、ミロ、ゴヤ、歌麿の浮世絵と、その数も種類も半端ではありません。ミロなど「UBUの子供たち」という一連の作品をはじめとして約60点、浮世絵も歌麿呂や豊国など約40点ありました。そしてここの出身の画家ピラネシが描いた宮殿やカテドラルは、まるで巨大な設計図のようで、緻密な細い線を多用し建築物の美しさを表現していました。日ごろメキシコ人の大雑把な仕事ぶりをみている私にはこんな几帳面なメキシコ人もいるのかと驚きでした。だって私のアパートの床板など寸法を間違えているのか、きっちりはまっていなくてすきまだらけなんですよ。ほんと、これで売り物になっているのがなんとも不思議です。

次に仮面博物館とみんなが呼んでいるラファエル・コロネル博物館に行きました。メキシコの伝統的な宗教儀式や祭りのダンスに使われる鹿、ジャガー、牛などの動物、老人や子供、スペインのコンキスタドール(征服者)、またこれ以上気持ち悪くできないといった角を持った悪魔の仮面など、さまざまな仮面が約3500点展示してあります。日本でも能面や鬼面など多くの仮面がありますが、ここの仮面たちの派手ばでしさにくらべれば、日本のものはとても簡素で美しいと思いました。1メートルはある大きな悪魔の仮面など、恐ろしくしようと蛇や狼などをいろいろとつけすぎて、かえって滑稽になってしまい、日本の夜叉面の方がよほど恐ろしいのではないかと思われました。

仮面は簡単に変身できる手軽な小道具で、とても興味深かったのですが、なにせ3500個もあるのですから行けども行けども仮面ばかり、お客は私ひとり、歩いているうちにジャガーや大きな牛、おぞましい悪魔が突然動き出し、襲いかかるのではないかという気がしてきて、だんだん怖くなって早足になり、最後は小走りで展示室を出てしまいました。

外に出ると薄暗い博物館とはうってかわって澄み切った青空がひろがり、通りから甘いにおいが漂ってきました。そのにおいのする方に近寄ってみると、大きなカモテ(さつまいも)を直径1.5メートルはある巨大な鍋で炊いて売っていました。砂糖をふんだんに入れ、グアジャバという小さな果物と一緒にぐつぐつ煮込んだ芋菓子のようなものなのですが、これが安くて本当においしいのです。日本だと「石焼きいもー」となるところでしょうが、だいたい日本の石焼きいもの倍はある大きさのカモテで10ペソ(約100円)です。なべの中は大きいものから小さいものまでさまざまなカモテがありましたが、どれでもみんな10ペソだというので、もちろん一番大きなものを選び、くたくたになったグアジャバもいっぱい入れてもらいました。これを歩きながら食べていると、さっきの怖かった仮面のこともすっかり忘れて、幸せいっぱいお腹いっぱいになりました。