メキシコ便り(20)豚インフルエンザ

金野広美

今、豚インフルエンザのニュースが世界中を飛び交っています。私は一番死者の多く出ているメキシコ・シティーの中心部セントロに住んでいます。今では朝起きたらネットでニュースをチェックすることから1日が始まります。どんどん深刻さを増すニュースを見たあと町に出ると、そのあまりの乖離にとまどってしまいます。町はいつもと変わらず、たくさんの露天が出て大音量の音楽が流れています。マスクをかけている人も2割くらいであごの下にかけている人も多いです。メキシコは日中は30度を越すことも多いのでずっと口をふさいでいるのはちょっとつらいものがあります。それにしてもこのマスク、青色の紙でできていてとてもちゃっちいのです。こんなもので予防効果があるのかなと疑いたくなるような代物です。地下鉄の駅で配布しているというので行ってみましたが、誰もいません。仕方なく薬屋を3軒をまわりましたが、すべて売り切れでした。でも私のアパートの門番さんがどこからか、たくさんもらってきてくれてやっとゲットできました。

豚インフルエンザがはじめてメキシコで公表されたのは4月23日の夜11時、テレビを通じて緊急発表され、68人の死者、1004人の感染の疑いのある人がいるということでした。しかし、この死者の数字もいまでは豚インフルエンザだと確認されたものではなく、疑わしい人も混ざった数字で、いまでは本当は20人だった、いや、7人だったなど情報は二転三転しています。

緊急発表の次の日の24日から学校や大学が休校になり映画館も閉館、コンサート、集会などもすべて中止となりました。サッカーの試合も観客を入れずに行われました。私の通う大学も、今は一応5月の6日まで休みということですが、一方では無期限だという報道もあり、どっちなのかはよくわかりません。そして今では少しずつ死者や感染者の数も増え続け、世界に感染が広がっています。メキシコ政府は薬も十分あるし、パニックに陥らないようにとよびかけ、感染予防を勧めています。うがい、手洗い、マスク着用、そしてキスをしないこと、とあります。これはいかにもメキシコでしょう。

しかし、町をみている限りにおいては感染予防は徹底されているとはいいがたい状態です。マスクをしている人の割合の低さをみても危機感があまり感じられません。メキシコ人の持つ楽天性なのかもしれませんがノーテンキなひとが多いという気がします。
テレビもやっと世界保健機関の警戒レベルがフェーズ4にひきあげられたころから特別番組を放送するようになりました。しかし、そんなに長い時間ではありません。日本では連日すべてのワイドショーが豚インフルエンザの話題を取り上げ、マスクのつけ方まで伝授していると聞き、「それはあまりにやりすぎでしょう」とちょっとあきれてしまいましたが、逆にメキシコはあまりに情報提供が遅すぎますし、情報が各省庁で違っていたりと、全面的に信用できるものではないのが困ったところで、国民は「政府は何か隠しているのではないか」という疑いを持っています。

フェーズ4になった段階で私の友人で、公費で留学している人たち、特に官公庁から派遣されてきた人たちはすぐに帰国しなければならなくなり、別れの挨拶もそこそこに飛行機に乗りました。また、こちらの日本企業に勤めている人たちの家族も飛行機の便が取れしだい、次々帰国しました。私の友人も子供をつれて帰りましたが、彼女が「このまま帰ってもバイキン扱いだからね」とさびしそうに言った言葉が忘れられません。そういえばメキシコからの初めての帰国便のアエロメヒコが成田に着いたときも、ものものしい警戒態勢だったそうですね。

私の家族や友人もまるでメキシコはバイキンだらけになっていると思っているかのように心配して、何度も何度も連絡をしてきます。それはやはり日本の報道があまりに大げさすぎて、メキシコの現実とはかけ離れているからでしょう。家族を安心させるためにメキシコの現状や日本大使館の対応などを説明しながら不安感を払拭するのに苦心惨憺です。これから事態はどのようになっていくかはまったくわかりませんが、家からでられない日が相当続くことでしょうから、静かに勉強することにしました。そして学校が始まるときには辞書なしで新聞が読めるようになっていれればいいなー、なんて思っている私です。