メキシコ便り(7)

金野広美

長い冬休み、オアハカとパレンケを旅してきました。今回はそのオアハカの報告です。

オアハカはメキシコシティーから南西にバスで約6時間半。世界遺産にも指定されている中央アメリカ最古の遺跡モンテ・アルバンがあることのほか、多くのインディヘナ(先住民)の村があり、今もなお昔ながらの暮らしを営んでいることで有名です。街の中心はサントドミンゴ教会をはじめとして、たくさんの教会やカテドラルがあり、活気あふれるにぎやかな街です。ウイピルというそれは美しい刺繍をあしらった民族衣装を着ている女性たちを見ることができるのもここならではです。このウイピルを買うためだけにオアハカを訪れる観光客もいるほどなのです。確かにメキシコシティーで買うより、種類も豊富で安いのです。すばらしい刺繍のワンピースも300ペソ(約3000円)位から買えます。ほかには、ショールやかばん、インディヘナの世界観を表現したような壁掛けなど何時間見ていても飽きない先住民文化の宝庫がここオアハカなのです。

私がここに着いたのが木曜日、先住民の村オコトランで金曜日に市が開かれると聞き、行って見ました。オアハカからバスで45分のこの村の市は今まで見たことがないほど大きなものでした。果物や野菜はもちろんのこと、日常品や民芸品、革製品や生きたヤギ、七面鳥まで売っていました。タマーレス(トウモロコシの粉を練って作った直系5センチ長さ15センチ位の丸い筒状のものの中に肉や野菜を入れトウモロコシの皮で包んで蒸す)も、もちろん売っていたのですが、なんとここではチャプリンというバッタのような昆虫のから揚げを入れたものがありました。から揚げだけが皿にてんこ盛りしてあり、食べてみろと勧められました。最初はちょっとしり込みしたのですが、ええいままよと食べてみると、これがカリカリと香ばしく結構いけるのです。ビールのつまみに丁度いいのではと思いました。

また、カルというトルティージャの原料になるという白い岩のような塊を売っていたおばあさんが民族衣装を着て頭に木の小枝をつけていました。私は彼女とカルを写真に撮りたくて、頼んでみました。するとしぶしぶオーケーしてくれたのですが、カメラをむけると彼女は後ろを向いてその場を離れてしまいました。先住民のなかにはカメラは魂を吸い取ると思っている人がいるので、カメラを向けないようにとガイドブックにありましたが、やはりそうでした。カメラには白いカルだけが寂しそうに写っていました。またそのとなりでは日本の2倍はあろうかというよく育った大きなキャベツが山積みで売られていました。ここでキャベツを8個も買うおばあさんがいたので、何か商売でもしているのかとたずねると、明日が息子の結婚式なのだとうれしそうに答えてくれました、マグラデレナと名乗ったその彼女にお祝いを言いがら、年を聞いてみました。私は75歳くらいかなと思ったのですが、なんと55歳だというのです。もうびっくりしてしまいました。たくさんの子どもの世話(先住民の女性は平均8人の子どもを産むといわれています)、掃除、洗濯に主食のトルティージャづくり、畑仕事に、その合間の民芸品づくりなど、彼女たちの労働の厳しさがこんなにも早くマグラデナを老けさせてしまったのかと、大きな袋にキャベツを入れて帰っていく彼女を見送りながら胸がつまりました。そして、どうか明日は楽しい結婚式になりますようにと祈らずにはいられませんでした。

次の日は、別の先住民の村サアチラに行きました。ここはオアハカからバスで30分。ミステカ人とサポテカ人が住むというとても静かな村でした。ぶらぶらと歩いていると大きな庭のある家でトランポリンで遊んでいる子どもが2人。その庭には立派なナシミエント(イエスが生まれた情景を人形で表したモニュメント)がありました。ここでも写真を撮らせてもらうよう頼むと快く引き受けてくれ、こどもたちと話し込んでいると、父親のマリオが帰ってきました。そして、フアミリーで食事をするので食べていかないかと誘ってくれました。なんと親切な人なのだろうと、感激しながら、おいしいセビッチェ(魚介類の酢の物)やカルネ・アサーダ(焼き肉)をいただきました。ここサアチラでもどんどん混血が進むなか、マリオは純粋のサポテカ人だということを聞きびっくりしました。というのは、紀元前500年頃から紀元後800年ごろまでの1300年間モンテ・アルバン遺跡はサポテカ人が創ったサポテカ文化の中心として機能していたのです。はっきりした文字体系を持っていたサポテカ文化は多くのサポテカ文字を刻んだ石碑や土器や壁画を残し、現在それらの解読作業が進んでいるということです。今から2500年も前に文字を持ち、最盛期には2万5千人にも及ぶ人口を有しながら、盛んな社会活動をしていた、そんなサポテカ人の純粋な末裔が目の前にいるのかとおもうと、サアチラ王朝を描いた絵文書で見た王様の顔とマリオの浅黒い精悍な顔がだぶって見えたりして、ちょっと感動してしまったのです。

次の日、小高い丘の上にあるモンテ・アルバン遺跡に行きました。ピラミッドの上に立ち、さわやかな風にふかれていると、どこからともなくマリオに似たたくさんの人たちが現れ、大通りを行き来し始めました。私はしばしタイムマシンに乗って2500年前の世界に飛んで行ったのでした。