メキシコ便り(2)

金野広美

私の通う大学はメキシコシティーの南方に位置するメキシコ国立自治大学です。そのなかの外国人のための学部で、スペイン語と文化コースがあります。文化コースには美術史、歴史、社会科学、文学の各コースがあり、春季、夏季、秋季と年3回の入学機会があります。私の入った秋季スペイン語コースは世界各国から約100名の入学でした。多いのは中国、韓国、日本でそれに続き、アメリカ合衆国、ブラジル、フランス、ドイツ、といったところです。

ここメキシコ国立自治大学はとても広く、現代美術館、博物館はもとより、4面を世界最大の壁画で覆った中央図書館、映画館、コンサートホール、スタジアム、小さな森などがあり、道路はタクシーをはじめ、各学部をつなぐ巡回バスが縦横無尽に走り回っています。ラテンアメリカ随一というだけあり、その規模はひとつの街のようです。

私のクラスは日本、韓国、アメリカ、スウェーデン、スイス、ハイチ、ペルシャ、オーストラリア、デンマークなどからやってきた14人の人たちで、クラスのなかでは、スペイン語がさっぱりなのに、休憩時間になると、英語でしゃべりまくる韓国人のマリソルや、いつも授業の始まる前に黒板にアラビア文字を書いてペルシャ語を教えてくれるファラ、先生に遅れるなと毎日注意されるにもかかわらず、必ず遅れてくるハイチ人のチャールズ、遠藤周作が好きでたくさん読んだと話しかけてくるアメリカ人のケビンなど、個性的な若者の多いクラスです。基礎コースのため、先生はとてもゆっくり話してくださるので、よく聞き取れます。やってる中身はすでに日本で勉強してあるので、周知のことばかり。ただ進む速度が超特急なのです。毎日3、4時間予習をしますが、すぐに、追いつかれ、追い抜かれていきます。

こんなわけで、毎日かけっこをしている私ですが、ここに通うのに私が毎朝乗るのが地下鉄。学校まで25分間かかるのですが、まったく飽きることがありません。というのは、乗っている間中、色々な物売りが通るのです。あめやお菓子にノート、電池にライターに縫い針、そして、大音量で音楽をかけながら、CD売りが次々やってきます。勝手にコピーをしているのでしょうか、1枚10ペソ(日本円で約110円)です。先日はギターとケーナとサンポーニャを持った2人の若者がきれいなハーモニーでジョローナ(泣き女)を歌っていました。あまりにうまっかたので、多くの乗客がお金を渡していました。一人のおばさんは5ペソ渡して、しっかり3ペソおつりをもらっていました。すごいでしょ。どこでもおばさんは強い!。そのほかには、目の不自由な人が、腰に紐でコップをつけ、ギターをかかえたり、ピアニカを演奏しながら、よろよろと歩いてきます。運転が下手というか荒っぽいのか、(私はこっちだと思います)車両が悪いのか、とにかくよく揺れる地下鉄なので、思わず、手をさしのべてしまいました。これだけ揺れると大変な重労働だなと思いましたが、それでも慣れているのか、ひっくり返ることもなく、次の車両に移っていきました。

このように多くの物売りや流しの人たちが、地下鉄で商売をするのも、ここの地下鉄がとにかく安いのです。どこまで乗っても2ペソ(約21円)。どこをどう乗り換えようが、1日中乗っていても改札さえ出なければ、2ペソで済むのです。乗客もよくコップにお金をいれたり、CDを買ったりしています。結構いい商売になるのかもしれません。

そして、あとひとついかにもメキシコらしいのは、女性専用車です。朝のラッシュ時、プラットホームの前から4両目のところに、大きな柵をたてて、ガードマンが立っています。柵には女性だけ通っていいと書いてあります。なるほど、このように見張られていては、日本のように、いくら女性専用車両と決めていても、気づかなかったり、気づかないふりをする人も出ないから徹底できると感心しました。そして、おまけに3両も女性専用かと感動しました。メキシコのように万事がええかげんなところで、この徹底ぶりはすごい! と感心したのもつかの間、次の乗降客の少ない駅ではホームに誰も立っていません。当然男性は入ってきますから結局は、日本と同じ結果になるのでした。チャンチャン。やっぱりそんなわけはないわなーと、妙に納得した私を乗せて、ここメキシコの地下鉄は、揺れに揺れながら、音楽満載で今日も走り続けるのでした。