多可乃母里(たかのもり)

時里二郎

年々 里は蝕まれている
それでも里人が平穏な日常のなごみを失わないのは
むしろ そのことの確かな証左
森の瘴気が里に及ぼす症状は
今が過ぎていることに気づかないこと
時間がとまっている のではない
時の歯車にかみ合う
里の歯車の腐食のせいなのだ

里の歯車が
森の木でできていることは
おそらく里人のほとんどが知らぬこと
トチやホオやサワグルミや
さらにその森の奥にあるブナの材を
複雑に組み合わせて
時の歯車の凹凸にかみ合わせる術(わざ)は
森の人のもの

それを作ったのは
この子の祖父
しかし この子の祖父について
知られることはあまりに少ない
しかし あまりにすくないが
里人ならば 知らない者はない
しかし 知らない者はないが
この子の祖父が作った里の歯車を
見た者はいないし
それよりなにより 
祖父そのひとを 
見たひとも いないのだ