図書館詩集 1(自分の運命に出会ったのは)

管啓次郎

自分の運命に出会ったのは一六〇九年
ハドソン川沿いのコーンウォールでのことだった
それからしばらく逡巡がつづいた
やっと生まれたのは一九五八年で
肱川沿いの野村町でのことだった
このように私たちの人生は川に左右される
川に運ばれる
考えてみれば不思議なことだ
たしかに私を構成する遺伝子は
地球上に生命が誕生してから一度として
途切れたことなくつづいているのだ
流れだ
今回の生涯がどれほど遅れたことのようでも
人生としてはいつでも再開できる
ひとりの生としては
別に嘆くほどのことはない
流れなのだから
精神をとりあえず捨てるといい
精神の代わりに
魂に語らせるのがいいよ
今回はすっかり出遅れて
ギリシャ語の勉強をするには遅いが
ふたつの単語がずっと心を泡立たせている
Ἀράχνη(アラクネ)完璧な織り手
Ἀνάγκη (アナンケ)必然の力
実際、運命といえる糸があるとして
それはすべて蜘蛛が握っているのだから
自分の心とか意志とか
意地とか試行とか
決められることはあまりないだろう
けさ蜘蛛の足音で目が覚めた
もう仕事に出かけなくてはと思った
その仕事は開墾
人が住まない原野の開拓
乳牛が美しい尻を見せている
彼女は美しい乳房を見せている
その乳の流れる野原に
どれだけの生命を預けられるだろうか
彼女の血をおびただしく溶かしても
なおも青く流れる谷川の
磨かれた川床にむかって
山をめざすか
求めていたわけでもないのに
渓谷の音響が押し寄せてくる
非常に運命的で
清涼な流れだ
岩魚よりも寡黙な何かが
どんな物語をかたるのか
季節が季節なら
この流れはやがて紅葉に溶岩のように染まる
おびただしい赤だ
用心しなさい
きみの血を奪われないように
ただ獣たちに頼って生きていくことだ
(いたちを背負ってお湯に行け)
(たぬきを背負ってお湯に行け)
高原の先は山また山
そこにいくつものお湯が湧いているのは
おもしろい現象だ
(むじなを背負ってお湯に行け)
(きつねを背負ってお湯に行け)
それが元来の在り方なのだ
動物たちはさんざん傷ついた
山の湯に癒しにおいで
りすよ、しかよ、くまよ
猪よ、大きな森へと逃げてゆけ
(たたちを背負ってお湯に行け)
(いぬきを背負ってお湯に行け)
秋の空を文字にすると
季節も消え色も消える
残るものは何か
文字に託されたふるえだけ
(きじなを背負ってお湯に行け)
(むつねを背負ってお湯に行け)
そうではなく土地のひろがりを
そのままに体験したい
記憶し
地形図よりも楽譜よりも精密に
記録したい
そのために歩きたい
天然の測量士のように
百体の観音が山道を歩いてゆく
石の体をして山を登ってゆく
その先の山頂までついていって
鐘を鳴らしてごらん
その音は鳥が運ぶ
その振動が子供をねむらす
これ自体非常に不思議な現象だ
夜の山には流星が雨のようにふり
美しい糸のような軌跡を心に残す
(Compostella とは星野くん/星埜さん)
光を留めておけないなら
記憶し語るしかないだろう
知ることについての学がepistemologyだったら
知らないこと(知らずにいること)についての学は
Counter-epistemology
山寺の先のこの見晴しで
ひとり一晩をすごすことの
恐ろしさとすがすがしさ
冬がやってきたら
さぞ冷たかろう
雪というあの粛然とした絹の
すべてを平等にする白さ、美しさ
雪の中で体を地面にこすりつけている
あの犬はいったい何をしようとしているのかな
たぬきやむじなの体臭に
自分も同化しようというのか
友好的な犬だ
カメラをわざと斜めにして
風景を拒絶するかのように
体を斜めにしたまま歩いてゆくのが
彼女のやり方だった
光が明るい青や緑をいっそう明るくするその
美しい光が水のように私たちをひたす
そうやっていつも心が軽くなる
かなり速い流れに落ちたRoxyは
泳いでも泳いでも岸辺にたどりつかない
考え方を変えよう
流れていけばいいよ
犬はどうしようという目でこちらを見るが
心配することはないよ
下流にむかおう
川が果すのは恐ろしいほどの浄化
山がつきるあたりから
広大な原野を作ったのも川
一本松や千本松
松果が降り積もる水平の土地に
居住がひろがった
人の居住の陰で
破壊された生命に詫びなくては
そのために百体の観音が荒野を歩いてゆく
どこをめざすのか
「東にむかうのは強制されなければ行かないが
西には自由にむかう」といったソローの言葉は
そのままには使えない
だがいまのわれわれは開墾とは反対のベクトルをもって
すなわち悔恨もなく
良い希望をもって
しっかりと
海にむかって歩んでいる
濃い牛乳を飲みながら
このあたりはきっと溶岩性の海岸で
ごつごつした磯は真黒い色をしている
浸食が進めばハワイ島カラパナ海岸のような
黒砂海岸になるのかもしれない
そう思っていたがここは海からは遠い
何かの誤解が生んだ地名だ
鉄道があり町があり
石造りの小さな銀行は
いまではGrand Bois(大きな森)と呼ばれ
実際にそうなっている
Hier ist kein Warum! (ここでは「なぜ」は禁止)
この言葉に込められた残酷な権力が
次々に葬列を作り出してきた
このあたりの葬式では
女性は白装束で白い角隠しをかぶります
鬼も人になろう
秋の晴れた青空の一日にも
人は死に世界は死ぬ
青空が白装束を着て白い角隠しをかぶると
その色彩というか光の美しさに陶然とする
鬼も牛になろう
実際、鬼に非の打ちどころはないのだ
鬼はただおびやかされた
動物たちの魂なのだ
それを牛が代表するのだ
牛は言い訳をしない
詩も冗舌をきらうので
詩には詩を否定するところがある
詩は光を少し曲げるのでbending machineともいえる
さあ街路を抜けて
人が海に潜りにゆくように私は図書館に行こう
Perspective Kidを主人公にしてできるかぎりのことをする
野の小動物たちが集結する
かれらが知ることの総体がこの土地の百科全書
まだ書かれてはいない
だがそっくり土地に埋もれている
松露のように
探し出せ
掘り出せ
見つけ出せ

那須塩原市図書館みるる、二〇二二年一〇月二日、快晴