新年

管啓次郎

深夜に誰もいない道を歩いていると
新年がやってきた
新月のように暗い夜に無音の花火が上がり
風車がくるくると回り出す
小人たちの一群が釣竿と猟銃をかついで
がやがやと歩いてくる
中心にいるのは新年だ
ぼんやりと発光しているのでそれとわかる
いったいどこに行くんですか
きみも来ればわかるよといわれて
後についてゆくことにした
歌をうたうわけでもないのに
心がうきうきしている
何の声も出さないのに
にぎやかな集団だ
シャッターの降りた商店街をすぎ
夜通し仕事をしている新聞店をすぎ
小学校をすぎ信者のいない寺院をすぎて
河原の空き地にやってきた
ここで魔物と対決するんだよと
裸足で歩く小人のひとりが耳打ちしてくれた
見ると大きな黒い影が
ゆらゆらと体をゆらしている
実体があるかどうかわからないが
妙に存在感の強いやつだ
新年はそれに比べるとずっと小さくて
光も頼りないほど弱いのだ
ぼんやりして見える
心配しないで私には勇気がある
という声が響いて新年が女だということがわかった
名前はヌヴェラン
やさしいヌヴェラン
冷たい風が吹き辺りは
カンザスのように荒涼としている
小人たちは思い思いに釣竿を
鞭のように鳴らしたり
猟銃をかまえたりしている
牛乳売りがガラス壜をかたかたと鳴らしながら
荷台が前にある自転車で通っていった
人魂のようなドローンがいくつか旋回して
どうやらこの場面を世界に
同時中継しているようだ
夜の川ではときどき水音がする
この水系だけに住むカワウソが
不眠にまかせて夜通し遊んでいるのか
ぼくは不安と好奇心のはざまで
やじろべえのように揺れている
すると対決がはじまった
黒い影は邪悪な魔
姿を変えつつこの世を不幸にする
腐った魚のような臭いを放ち
風にさからって空気をよどませる
愛想がよく言葉が巧みだ
といっても音声なく直接に
人の心に偽の映像を送りこむので
人々は誘惑され影のいいなりになる
動物たちはまったくだまされない
小人たちが釣竿を振り空気を切って
目を覚ませ目を覚ませという
猟銃に弾をこめいつでも
空を撃てるようにしている
だが影は邪悪なやつらを意のままに使うのだ
利権まみれの政治屋や自信にみちた教師たち
その手先になる卑劣なギャングや無自覚な優等生たち
すべて嘘で固めたニンゲンたち
でも犬猫はだまされないので
いつのまにかそこに集まって観客となっている
ごろごろにゃーん、おわあおわあ
ばうわうわう、あいおーん
喧噪の中で突然戦いがはじまった
影が新年をおさえこむ
もがく新年がひどく苦しそうな顔をする
(彼女に顔はないのにそれがわかる)
影は姿を変え彼女の足をつかんで
逆さにして吊り上げ遠くへ投げようとする
新年の光が急激に弱くなる
見ているこっちは心臓がつかまれる思いだ
すると夜の中ではその金色の目しか見えない
黒猫ばあちゃんが怒りの鳴き声をあげた
世界各地の雷鳴を合計したような
驚くべき音量だ
(アイスランドにエチオピア高原
雲南省にパタゴニア
金沢に奄美大島など)
それに答えて夜の鳥たちが
瞬時のうちに集まってきた
夜カラス、夜タカ、夜鳴きウグイスが渦巻く
そしてすべてを知るフクロウが
あの昼間は眠い目を大きく見開いて
アラビアの科学者のように
影の急所を鳥たちに指示する
一陣の風が吹き起こり
ぐるぐると竜のように巻く
勇気を得た新年が閃光を飛ばす
夜空が一瞬、美しい青に染まる
音にならない悲鳴を上げて
影はひときわひどい臭気を放ち
そのままちりぢりになったようだ
鳥たちに助けられた新年は
しっかりまとまった光となって
地上10メートルくらいのところに浮かんでいる
それから彼女はしんと冷えた
美しい声で
集まったものたちにこう告げる
みなさん、今夜はありがとう
これから夜明けがやってきます
みんなで恐れることなく入ってゆきましょう
誰もが生きられる新しい年へ
犬猫の群衆が
にぎやかな鳴き声で答える
鳥たちもそれぞれの言葉で
歓声をあげる
小人たちはよろこんで釣竿を鳴らし
空に鉄砲を撃って祝祭のようにする
すると小人(さっきの、裸足の)が
ぼくにささやくのだ
「でもね、影が散るのは
ほんの一時のこと、あいつは
必ず帰ってくる、臭い息をして
新年の戦いは今夜だけのことじゃない
いつもまた新しくくりかえされる
おれだってもう
三百年くらいつきあってるよ」
そういって小人はキャラメルをくれた
それからまもなく朝が来て
みんな新しい年の中に帰っていった