犬狼詩集

管啓次郎

  113

驚きをかたちに喩えるならそれはつらら
研ぎすまされた尖端で液体と固体が循環する
流動と静止が接し合う
沈黙と絶叫が重なり合う
その接合面を太陽がもういちど熱するとき
ぼくらの世界に飛行が帰ってくる
さあ夜が明けた、空はあきれるほど青い
この青に絹糸よりも細く白く
二羽の白鳥よ、鋭い刺繍をほどこしてください
ふるえるような湖面のしずけさから
突然に純白の飛行がはじまった
ダマスカスの明かり、シベリアの模様
ラピスラズリにおける青と白の乱れ
きみたちの翼が光と力を織り上げて
空のいくつかの層を切り分けてゆく
それは大きな明るい王国の約束

  114

ブーゲンヴィリアに埋めつくされた家に
無数の蜂鳥が群がっている
鈍い羽音を錐のように空中に立てながら
静止と摂餌を巧みに組み合わせて
おびただしい蜜が彼女たちの体を流れてゆく
たちまち消費され激しい運動へと転換されるために
長い針のような嘴は
花も果実も種子もなくただ
本質をまっすぐに汲み出す
だから彼女らが舞うとき、蜜が空中で奔流となって
砂漠にもそれだけ垂直の大河が生じている
そして一羽ごとのコリブリ、ハミングバードは
虹の輝きを真似るようなその体で
不在から正確な輪郭を切り抜いてゆく
強い、強い、濃密に存在する小さな鳥
心臓の灼熱がわかるほど激しい飛び方だ