犬狼詩集

管啓次郎

  35

あるひとりの無名の人の出生地と死亡地を
緯度と経度で地図上にしめし
ふたつの地点を直線でむすんだものを
仮にその人の生の、あるいは滞在の、線分と呼ぶ
二十二歳からの七年間
ぼくはそんな仕事をしていた
もちろんその間も調査を怠らなかったので
三十歳の誕生日の直前にはある個人的な
成果に達することができた
六月の桜桃のようにうれしかった
そのときマッピングに成功したのは百二十八の線分
もっとも古い日付は一七四九年で
もっとも遠い地点はゴアだった
線分の群れは東アジア一帯と
フィリピンからトレス海峡、ミクロネシアにまでまたがっていた
百二十八人。ぼくの七世代前の先祖たちだ

  36

想像力がそれまでに想像したことのある「世界」を
乗り越える、その一瞬を「詩」と呼ぶことにすればいいじゃない
と私が一緒に勉強したアイスランド女性がかつて話していた
乗り越えはふたつの契機によってもたらされるだろう
一つ、それは外部に由来する
新しい現実表象(言語+心像)が到来するとき
一つ、それは私の内部において
これまで気づかれなかった組み合わせが発見されるとき
いずれの場合もおもしろいのは
想像力それ自体はほとんど無力だということ
想像力とは能動的・積極的な力ではなく
つねに受動的なある態度にすぎないと私は思う
つまり詩は作れない
それはただ見つかるものにすぎない
詩はみずからを見出すものにすぎない
横たわる想像力がみずからを離脱し超越するのだ