犬狼詩集

管啓次郎

  23

過去に対して熱烈な興味を抱くことがあった
12分ほどのシークエンスをワンカットで撮影してみた
それは本州島の片田舎の河原
地元の少女が三人、川面に石を投げて遊んでいる
いつまでも石を切る、石を投げる、水を切る
水を切る、風とためらいを切る、切ることの強さ
ricochetの美しさ
旋回させるように使う腕のなめらかな動き
むかしからつづく水と空との戦いが
こんなふうに祭儀の現代的な巫女たちによって継続されてゆく
彼女らの役目はどちらにも勝利を与えないことだ
石は水と空とのあいだを弾みながら旅しつづける
切ることで両者をむすびつけてゆくのだ
ricochetの実践的な美しさ
フレームの中のこの運動は永遠につづく
水と空の切断も永遠につづく

  24

「この道を歩いてゆけば河に橋がかかっている
それを渡ればそこがドイツだ」
親しげなトルコ系の中年男の言葉にしたがって
冬の中を歩いてゆくことにした
空の半分はくもり半分は明るい光
みぞれまじりの風が強く吹いてくる
やがて視野が大きくひらけたとき
ヨーロッパの大河が流れていた
航行可能な水系に細長い巨大な船が浮かぶ
橋の中央まで来るとカモメが一羽ずつ
小型爆撃機のように風にむかって飛び立ってゆく
離陸すれば一瞬、風に飛ばされ
オレンジ色の目で岸辺との関係を確認し
ただちに軌道修正して河の中央をまっすぐに飛んでゆく
ぼくはかれらの飛跡を追って上流を見やる
右手はフランス、左手はドイツ