豆腐屋の誘惑

璃葉

子供の頃、母はスーパーで豆腐は買わず、「豆腐屋」で豆腐を買っていた。それについていき、あのシンクのような、湯船のようなものに、ぶくぶくと浸かっている豆腐達を見るのが、楽しみのひとつだった。しかし、小学校に上がる前ぐらいに、豆腐屋はなくなってしまい、その後、自分の記憶の中からもあの古びた店の記憶は消えていった。

それから15年程経った今、上京してのらりくらりと生きているのだが、たまたま家の近くを散歩していた時、とんでもなく懐かしいものを見つけてしまった。

「豆腐屋」だ。

思わず足が止まる。「豆腐」と書かれた古びたえんじ色の旗が立っている隣で、おっちゃん2人が世間話をしている。小さい頃のあの記憶が、湧くように溢れ出てきた。

豆腐屋なんて、探せばいくらでもあるはずだ。しかし、小さい頃から豆腐屋の湯船に浸かっている豆腐に興味はあっても、豆腐そのものには何の興味も執着も無い。だから豆腐屋を探そうとも、美味しい豆腐が食べたいとも…思う事はまるでなかった。

しかし、こんな近い所に昔ながらの豆腐屋を見つけたからには…。そうだ。一緒に住んでいる姉に買いに行ってもらおう。心の中で腹黒い笑みを浮かべた。わがままな話なのだが、誰かが豆腐を買いに行く時について行き、湯船に浸かっている豆腐の大群を眺めていたいだけなのだ。これは、子供の頃から何も変わっていない。あの気持ち良さそうに浸かっている豆腐達が見られる。これを楽しみにしながら、私は再び歩き出した。

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