犬狼詩集

管啓次郎

  19

ある果てしない冬の日、冷たい水がとどまる街路で
忘れられていたきみが突然に言語的出現をはたす
まるで空虚として折りたたまれていた
悲しいほど薄くてはかない紙片が
花を模倣するようにみずからを開き
水の存在とその影を利用したようだ
だが限られた影の船に導き入れることのできる
動物の種や数には制限があるし
霊的修練をどれほどくりかえしても
到達できる頂は限られている
不動に見せかけた大地がそれ自体として
地球の表層をぐるぐると廻っているのなら
われわれにどれほど定着の意志があっても
居住はことごとく失敗に終わる
私=きみの定点、それは冬の太陽に禁じられた接触の残像
私=彼の居住地、それは影となった多くの禽獣たちの巣穴

  20

十二月が十二月を思い出している
冬至と前日のあいだに危険な谷間がある
灰色の霙が正午に降り出して
深夜には流星のような雨になった
光が降る、小さな光の群れが
その群れを毛皮に宿して
はぐれた犬の仔が懸命に走っている
彼はabécédaireを学ぶだろう
どんなミモザ色の予感が過去における
未来をさしていたのか
未知の活用を探していたのか
そのころ初めて読んだ詩は「地帯」で
それですべての朝の街路が詩の洪水になった
リュテシアのアテナイの地理学者が
赤いセーターを着て口笛を吹いていた
坂の石段に性別があることを彼に教わった