犬狼詩集

管啓次郎

   1

ただ待っていれば言葉はやってくるのだから
むしろ避けることだ、群衆的に到来する語句を
それは過去からの思慮のない石つぶて
創造に無用な軋みをもたらすだけ
われわれが手持ちの語彙で語る世界なんて
結局この世界に鳩の卵のように似てしまう
そうじゃない、近代語を捨てて
境界に安心する各国語を離れて
不自然きわまりない語法と用語を開発するべきなんだ
そうすれば知らなかった地帯が見えてくる
知らなかった色彩の悲哀がしだいにわかってくる
ありえなかった知識が生じる
「アリゾナには熱帯雨林がない」ことや
「アマゾナスは砂漠ではない」ことを学ぶ日がくる
それでもすべての雨林に必ず砂漠がひそみ
すべての砂漠に必ず雨林が横たわることもわかる

   2

卓上の噴水という思考がかつてあった
高地プロヴァンスの山間の村の夏のひとときが
私のテーブルにも影を落とした
愛らしい人魚が何度も
噴水に乗って空中に踊り出る
両腕を大きくひろげ頬笑みながらsplash!
また深い水へと戻ってゆくのだ
なぜすべての水は執拗に連続しているのか
これくらい連続性を保証してくれるものはない
Aquí sin donde(どこでもないここ)が
時間のないあの村の広場にまっすぐつながる
南海の深みにも
冷たい水の地図にも
すべてのおなじ分子をかきわけるようにして
彼女は果敢に泳いでゆくだろう
人魚、sirenita、水そのものである人魚