阪本順治監督の最新作『一度も撃ってません』は、新型コロナの影響で春の公開予定が7月3日からに延期され、まだ映画に出かけるのがためらわれる様な社会状況のうちにロードショーが終わってしまった。
9月のはじめに新百合ヶ丘のアートフォーラムで上映されるのを追いかけて見に行った。見終わった後に、じわじわと面白さがしみてくるような味のある作品だった。
阪本監督が石橋蓮司を主演に映画を作りたいと話した際に、脚本家の丸山昇一が「伝説の殺し屋、実は一度も撃ったことが無い」というアイデアを思いついて、それが今回の企画になったということだ。
確かに石橋蓮司という俳優は、決して使用していないに違いないだろうけれど、覚せい剤を打っているような役がうまい役者だ。(どういうほめ言葉なんだよ)。私は子どもの頃、彼のことを本当に危ない人だと思っていた。実は本当には一度も撃ったことが無い伝説の殺し屋というのは、彼、石橋蓮司を象徴する役柄なのだと言える。さらに、石橋蓮司演じる小説家は、ハードボイルド小説が書きたいというだけで犯罪に手を染める。小説という虚構を生み出すためには(間接的にではあるが)人を殺しても構わないと思っている男なのだ。映画という虚構のためならどんなことだってやりかねない、石橋蓮司のそんなイメージともこの小説家は重なる。阪本順治と丸山昇一という良き理解者によって、このような主人公が、石橋蓮司のためにつくられたのだ。
岸部一徳、大楠道代、桃井かおり、佐藤浩市、豊川悦司、江口洋介、妻夫木聡、井上真央、柄本明という錚々たるメンバーが集まって共演している。かつて阪本作品に出演し、監督と映画づくりへの思いを共有する俳優も多い。ロードショー公開に先駆けて出演した番組の中で、妻夫木聡は「久しぶりに日本映画らしい映画に出演できてうれしい」と語っていた。こんなに年寄りばかりの群像劇をつくって、ヒットするの?と言われてしまいそうだけれど、実際に朝の情報番組に取り上げられることなんて無かったけれど、映画の魅力を感じさせる映画だと思った。
主人公が夜な夜な通う怪しげなバー「y」は、原田芳雄の「y」なのだという。原田芳雄の筆跡から看板の「y」の字が作られたということだ。石橋蓮司、岸部一徳、桃井かおり演じる3人は、新宿騒乱事件の最中に出会い、ずっと友人でいるという設定だ。石橋蓮司、岸部一徳、桃井かおりそれぞれの、日本映画界のなかでの独自の立ち位置と存在感にも重なる。そして、慎ましい日常を忘れて、自分が夢見た人を演じて語り合えるバー「y」も閉店の時を迎える。閉店の日のドタバタ、ラストワルツ。
公開前の宣伝で出演した番組で、コロナ禍において難しくなっているが劇場で映画を楽しむという事について質問されて阪本監督が答えた言葉が印象に残った。
作り手からすると、大きなスクリーンと劇場の音響を前提に作品を作っているので、そこで見てほしいということだ。家でDVDやスマホで見ることもあるだろうけれど、画面の背景に色々なものが見えてしまっていると、チラッ、チラッと別の物に目が行ってしまうので、家で見ていると映画の時間を短く感じてしまうかもしれない(逆の場合もあるかもしれないけれど)スクリーンの主人公だけを追いかけている時とは、時間の感じ方が違うと思うというのだ。また、音響の点でも、特別に設定している場合でない限り、細かい音やある周波数の音は家では聞こえないので、小さなため息を入れているところが、無音になってしまう場合もあるのだという。映画館の暗闇に座って、スクリーンに流れる時間を体験する、この古き良き映画の楽しみ方を失いたくないなと思った。そしてそれに耐えうる映画というものをこれからも作っていってほしいなと思った。