好きなものを、100個

若松恵子

『「自分」整理術―好きなものを100に絞ってみるー』(山崎まどか著/2014年5月 講談社)という本の背表紙と目が合って、本屋の棚から抜き出した。

「「自分」というクローゼットを棚おろし」という言葉が本の帯に書いてある。ふと開いたページに載っていたのは、ブロッサム・ディアリーの『ONCE UPON A SUMMER-TIME』というアルバムのジャケット写真だ。「1950年代から1960年にかけてニューヨークやパリのサパー・クラブでピアノを聴きながら愛らしい歌やスキャットを聴かせていた彼女は、60年代後半にはロンドンに渡って素敵なオリジナルナンバーを披露している」という解説がある。ふわふわした金髪のショートカット、にっと笑う大きめの唇。彼女が視線を向ける右端には、彼女のものだろうか、協力して眼鏡を運んで来るツバメたちのイラストが描かれている。山崎まどかの好きなもの、1番目だ。ブロッサム・ディアリーの事は全く知らなかった。「ジャズの世界では決してメジャーな歌手ではありません。ブロッサムは一見可愛らしいけれど、自分のユニークなスタイルを貫き通した信念の人でもあるのです。」という愛情のこもったコメントが続く。

なかなかいいじゃない。と思ってページをめくると、好きなもの2番目は、90年代のはじめに出版された角川文庫の「マイ・ディア・ストーリー」という、海外の少女小説の復刻を目的としたシリーズだ。このシリーズを編集したのは少女小説家の氷室冴子さん。山崎さんはこのシリーズによって大学時代に少女小説に再入門したという。赤いギンガムチェックの表紙がかわいらしい。

6番目の、映画『すてきな片思い』のモリ―・リングウォルドの瑞々しい横顔と、24番目のウエス・アンダーソン監督の唯一無二の立ち姿を見た時点でこの本を買おうと決めて、あとはゆっくり楽しんで読んだ。

ブロッサム・ディアリーについて、山崎まどかは「趣味のいい人たちの密かなお気に入り」と書くのだが、それはこの本で紹介されている100個の好きなもの全部にあてはまる言葉だ。好きなものが共通している楽しさというものもあるが、目利きに密かなお気に入りを教えてもらう楽しさがこの本にはある。しかも、「趣味がいいでしょう」という自慢話にならないのは、山崎まどかが切り取った写真(ビジュアル)と紹介するコメントが素敵だからだろう。独特の感性で好きなものを(嫌いなものも)数え上げるのは、『枕草子』から続く女の子の伝統なのだ。

彼女があげた100個のほとんどを知らなかったのだけれど、37番目に「片岡義男の小説を発見する」という題名があって、びっくりする。山崎まどかがあげるのは、『少女時代』という、片岡作品としてはレアな小説だ。「もし彼の作品を英語に翻訳したなら、それを読む海外の読者は、主人公たちが交わす禅問答のように神秘的な会話を非常に日本的だと思うのではないでしょうか。」という見方がとても新鮮だった。片岡の文体を翻訳的だという人は多いが、英訳するという逆の発想を持った人は、これまでほとんど居なかったのではないだろうか。

「ワードローブを見直すように、時々は好きなものの見なおしをして、少しずつ入れ替えて私なりの大人になっていけばいい」というのが、ハウツーものとしてのこの本のコンセプトだ。好きなものを100あげてみたら「ずっと好きなもの」「新しく好きになったもの」「キラキラしたもの」「憧れを含んだもの」「定番のもの」の5つの項目にわけて、それが好きな利用について考えていく。その作業を通じて自分を発見しようという事だ。

私もためしに、好きなものを指折って数えてみる。今は、きちんと整理整頓された気持ち良さを夢想するのみだ。私というクローゼットはまだ当分散らかったままだ。