新しい年に希望の話を

若松恵子

新しい年なので、希望の話をしようと思う。

年の瀬に、1通のたよりが届いた。浦和商業高校定時制の3年間を追った映画「月明かりの下で」に登場していた平野先生からだった。

「月明かりの下で」は、定時制高校の、あるクラスの入学から卒業までの3年間を追いかけたドキュメンタリーだ。春、入学式の会場に入場してくる彼らの姿はあどけなく、まだ弱々しく、だいじょうぶかなと少し心配になる。さまざまな事情で夜間高校に通ってくる彼らが自分を立て直し、友達をつくり、しっかりと大人になって卒業していく姿と、彼らにとってかけがえのない場所である夜間高校が統廃合でなくなってしまう事が淡々と描かれていた。文化祭、太鼓クラブ、通学できなくなってしまうクラスメイト・・・・。

赤点で卒業できないかもしれない生徒たちにむかって、「とにかく、テストをがんばって、卒業しろ」と言って、泣いてしまった平野先生の姿が印象的だった。卒業することが大事なのかどうなのか、答えなど誰にもわからない。でも、卒業してみなければ、次に進めないということもある。「卒業できなかったこと」につまずかないために、そんなささやかな理由のためだけなのかもしれないけれど。人生のあらゆる場面で、明確な理由などわからないままに乗り越えなければならない問題はたくさんあって、とにかく歩いてみるしかなくて、何とか歩き始めた若者たちの姿と、それを見守る大人たちの姿に、私は胸を打たれたのだった。

浦和商業高校定時制が無くなってからも太鼓クラブは継続し、太鼓集団「響(ひびき)」となって沖縄までの旅公演を行う事になったお知らせが届いたりしていたが、今回のおたよりでは、「響」のメンバーがスタッフとなって、たくさんの人の居場所となるカフェを開いたといううれしいお知らせが載っていた。

ひとりでも多くの人が、このカフェでお茶を飲んでひと休みできるように、「保留珈琲」というしくみを取り入れると書いてあった。少し余裕がある時に1杯のコーヒーに対して2杯分の代金を払い、誰かのための1杯分にするというしくみだそうだ。発祥はイタリアということだ。平野先生は学校を退職し、この仕事に取り組み始めたということだ。平野先生の決心。夜間高校が廃校になってしまうことに、胸が塞がれるやりきれなさを感じていたが、カフェが誕生するお知らせを聞いて、希望を感じた。

ノートに書きつけておいた山田ズーニーの文章を想い出す。
「ほぼ日刊イトイ新聞」というホームページのなかの、「おとなの小論文教室」2012年1回目のコラムの中にみつけた言葉だ。

人生で、多くを失い、多くを手放し、
現実にやられ、受け入れ、明らめていった果てに、
「それでもこれだけは」
と湧き上がってくるもの、
それが「望み」だ。

望みは、
捨てても 捨てても、失わないもの、
手放しても 手放しても、自分のものである。
たいていは、じぶんが気づかず、
ずっとがんばってきたところにある。

望みを自覚したとき、
人や社会のほうからも、
「やあ、それはいいね」と光が射すような瞬間がある。
そこに希望がある。

「ひびきカフェ」の案内を見た時、「やあ、それはいいね」という光が、まさに私の心のなかにも射したのだった。私も、「これだけは手放したくないもの」をしっかり持ちながら、自分の仕事に取り組みたいなと思っている。

※HIBI Café(ひびきカフェ) 埼玉県桶川市南2-4-13 2014年4月オープン