シリアのロシア人、すべては忘却のかなたへ

さとうまき

朝、今日もロシア軍のウクライナを攻撃のニュースを伝えている。プーチンはアサド大統領にとって代わり一気に世界の悪者No.1になっていた。

2018年9月にシリアに行った時のことを思い出す。ロシア軍の援護を受けたシリア政府軍は、ちょうど2か月前に、反政府軍の拠点となっていた南部のダラアとダマスカス郊外の東グータ地区を完全に制圧したのだ。ダマスカスでは、国際見本市も開催され、みな戻ってきた日常を楽しんでいた。ホテルにはロシア国旗が掲げてあり、お土産屋さんではアサド大統領とロシアのプーチン大統領の顔を印刷したグッズが売られていた。ロシア兵が町中を移動するのも何度か見かけた。

ロシアは、歓迎されていた。そして、反体制派のダラアでも、住民たちはロシアを頼りにしているという。
「弟が、シリア政府に捕まっているんだ。ロシア軍に、釈放してもらうようにアサド政権に圧力をかけるようにお願いしに行くんだ」という若者の話を聞いた。ロシアが憎しみ合っているシリア人達の間に入って調整しているのだという。
「ロシアの方が、アサド政権よりも、反体制派武将勢力よりも信頼できるよ」という話は何人かから聞いた。

 シリアに課された経済制裁とは?

シリアは、治安が落ち着いてきたものの、ヨーロッパやアメリカが課す経済制裁で国民の生活は疲弊している。もともとは、アサド大統領やその家族、側近の資産を凍結して、政権交代させようという狙いだったが、今度は国民も苦しめて、集団懲罰するという厳しい制裁に代わっていき、2020年にはトランプ政権下でアメリカがシーザー法という経済制裁をシリアに課した。

シーザー法の目的はアサド政権にシリア国民に対する虐待を止めさせ、シリアが法の支配、人権と隣国との平和共存を尊重するよう図ることで、そのために包括的な制裁を課す、となっている。しかし、経済制裁は貧しい人々を直撃した。

シリアの通貨は急落し(戦争前は、1円=0.5シリアポンドが今では22シリアポンド)、医薬品などの生活必需品の輸入がさらに困難になるとともに、物価が急騰し、国民生活の困窮は一層強まった。また石油・ガスが制裁の対象とされたことも日常生活に一層支障をもたらすことになった。さらに建設業が制裁の対象とされたことで、戦闘が行われた地域の瓦礫の撤去が進まず、国民の生活の基礎である住の確保が進まない状態にあるという。

Amazon Pay は、シリア、キューバ、北朝鮮、クリミア地域の原産物の取引には、利用できない規制を実施している。例えば、証券会社の友人は、「シリアと取引のある人はうちの顧客リストから外さなきゃいけないのですよ。もし株で儲けたいんなら、絶対シリアへの送金とかはやらないほうがいいよ」と忠告してくれる有様である。まあ、そもそもシリアでビジネスをやろうなんてリスクを冒したがるもの好きはほとんどいないから、こんなん話は知らなかった、ですんでしまう。

 貧しい人達が一番くるしい

僕はアレッポにすむ10歳の2人のがん患者の男の子の治療にかかる薬品購入や病院までの通院費、栄養を取るための食費などを2020年より支援している。ウエスタン・ユニオンは、シリア人個人への生活費の仕送りは認めているからだ。

幸い(?)なことに600万人以上がシリア難民として国外に出ており、彼らの仕送りが国内にとどまった家族たちの財源になっているのだ。なので、親戚が海外にいないと大変なことになる。特に原油価格が世界的に高騰しておりエネルギー事情は危機的だ。

サラーハ君のお母さんは、内戦で夫が行方不明になり、ダマスカスの病院までサラーハ君を月に2、3回は連れていく必要がある。タクシーで往復10時間ほどかかってしまう。小さい子ども達がいるので、日帰りで治療に通っているのだ。

「私たちの家は、壊されてしまいました。住むところがないのですが、幸いなことに廃墟になった地域のアパートを家主さんがタダで使っていいと言ってくれました」電気が止まっているという。暖房はどうしているのかと聞くと、
「政府が、補助金を出してくれて1リットル25円で売ってくれますが、50リットルまでしか買えないので、もう使い切ってしまいました。町で買うと1リットル300円もします。とてもじゃないので買えないから、洋服など燃えるものは全部燃やしています。」

シリアのストーブはいまだに昔のだるまストーブで、確かになんでも燃やせるのだ。もう燃やす服もないという。近所の人が古着をくれたり、サラーハが外で燃えそうな木やプラスチックを拾ってくるそうだ。

今年に入り悲しいニュースが入ってきた。トルコ軍が展開している前線近くに住んでいるもう一人の患者イブラヒム君の様態が急変した。イブラヒム君の家はこれまでも何度か爆撃されている。一時は国内避難民キャンプで避難生活を送っていた。クルド人が多く住むので、トルコが度々攻撃のターゲットにしているようだ。朝起きると、イブラヒム君は鼻血をだし、全身の毛細血管が切れて内出血が始まった。病院に搬送して血小板の輸血をするが、様態は悪化して夜には亡くなったというのだ。

僕は、呆然としてしまった。今はシリアに行けないが、毎月送られてくる子どもたちの元気な写真を見るのが楽しみで、いつかシリアに会いに行こうと思っていたからだ。お父さんは、公務員として働いているが、墓を作るお金もないので、何とかならないかと言ってきた。1月分の送金を終わらせたばかりだったので、そこから墓を作ってもらい、残りは、サラーハ君の家族にも分けて、灯油を買ってもらうことにしたのである。

そして、ロシアがウクライナに侵攻し、今度はロシアに対する厳しい経済制裁が課されることになった。シリアの経済にどのような影響を及ぼすのかわからない。プーチンも気が狂ったのか? シリアではアメリカよりうまくやってきたのに、ロシアが失うものは大きい。

アメリカもロシアもシリアにはしばらくかかわってられないのを見越してか、今度はイスラエルが頻繁にシリアを空爆しだした。イランが配備している軍事拠点への攻撃である。もうシリアではとっくに民主主義を求めた革命を支援するなんていう文脈は忘れ去られ、それぞれが好き勝手に攻撃をしているのである。そして、忘れ去られたのは、貧しいシリアの人達である。