砂漠の豹狩り

さとうまき

日本はオリンピック一色だった。次回は東京というのもあるのだろう。しかし、なんで東京?と思いながらも、ついついTVに見入ってしまう。1964年はどんなんだったんだろいうなと思いつつ。

さて、一方イラクといえば、メダルは3個くらいしか取れないようで、サッカー以外のスポーツは世界レベルからは大きく差をあけられている。

IS(イスラム国)からモスルを奪還しようと作戦が着々と進んでいる。アルビルの飛行場には、数年前から米軍の輸送機が離発着しており、いろんなものを運んでいるんだろうなと思っていたが、先日は、そのわきにコバンザメのように戦闘機が停まっていた。

避難してくる人たちも日増しに増えている。米軍が空爆をして、そのあと、イラク軍とペシュメルガ(クルド軍)が地上軍を送る。解放した村にいる民間人をトラックにのっけてアルビル近郊のデバガという村にあるキャンプに運んでくるのだ。7月に入り一日1000人単位で運ばれてくるという。デバガは、2014に一時ISに攻められた。住民たちは避難して町は廃墟になっていた。一年くらい前に仮設住宅のようなものが作られて、避難した住民が戻りつつあったが、そこに大量に避難民が流れ込んできたのだ。

50℃近い暑さ。そして砂漠の土埃。劣悪なキャンプだ。先ず、運んでこられた人は、スクリーニングキャンプに入れられる。男性と、女性と子どもにわけられ、男性は、ISの戦闘員、スパイでないか調べられる。民間人でもISの思想に洗脳されていれば、テロを起こす可能性がある。そういったことがクリアされないと、町に行く許可が出ない。まるで収容所のような状態である。実際、ISの戦闘員だった人も混ざっていて数週間で5、6人くらいが刑務所に入れられているという。

一方、女性と子どもたちや、問題ないとされた男性は、家族キャンプに移されるが、こちらも物不足。テントも足らず、そこら辺にマットレスをひいて寝ている人もいる。近くのサッカースタジアムも難民キャンプになっていた。

モスルのアラブ人は、ISに2年間も支配され、恐怖におびえて暮らしてきた。そして、今度は米軍の空爆。命からがら逃げてきても、IS扱いされてしまう。ふんだりけったりだ。

写真家の安田菜津紀さんが何度かイラクに来ている。ヒョウ柄を来たイラクの女性をみるとシャッターを切っている。なんでも大阪に、おばちゃん党という政党(?)があるらしく、ヒョウ柄をこよなく愛するのだそうな。で、アラブのおばさんも意外とヒョウ柄の服をきているので、なんだか、おばちゃん同士の連帯が生まれそうらしい。

注意してみると難民キャンプにはヒョウ柄のおばさんがたくさんいた。若い子もヒョウ柄のスカーフをかぶっていたりする。一方男性はどうかというと、サッカーのユニフォーム。バルセロナが圧倒的に多い。声をかけて記念撮影すると、なんだか、サッカーチームの合宿といってもわからないくらいバルセロナのユニフォームは目につく。サッカーが好きな人にとっては、なんとなく親近感がわく。よく見るとほかにもいろんなユニフォームを来ている人がいて、中には日本代表のユニフォームもあったりする。

大阪のおばちゃんも、アラブ人がヒョウ柄来ているの見たら同じようにうれしくなるんだろうなとわかるような気がしてきた。こんな、厳しい環境でも、みんな好きなものを着たいのだ!