いのちの花

さとうまき

本当の花は生きているから私たちに力を与えてくれる。イラクのがんの子どもたちも生きている花を見ながら、ちょっぴり幸せになって、絵を描いた。その絵は、私たちに力を与えてくれる。

4月21日、アルビルの最終日。ナナカリー病院での打ち合わせを終えた私は、飛行機の時間を気にしながら、病棟をうろついていた。すると廊下にバラの花を持って立っている少女が視界に飛び込んできた。
「どうして取ってきたのかしら? お花にも命があるのよ。」
先生に諭されて、その子は少ししょんぼりしていた。
「その花、絵にしようよ」
私は、しめたとばかり、彼女を拉致するように2階にあるプレールームに連れて行った。

彼女はゆっくりと、花びらを描いた。花びらを見つめているときは、サインペンが止まり、にじんでいく。そして、ゆっくりと花びらに水彩絵の具でピンクの色を置いていった。そして、彼女はゆっくりとほほ笑んでくれた。そして英語でEMANとサインしたのだ。「この子がイマーン?」

3月、イマーンのがんは末期で、後一か月もつかどうかとのことだった。ほかの子どもたちが、大きな絵を床に座って書いていたのに、彼女は体が痛くて座ることもできなかったという。その時にイマーンが描いたのが「バラのつぼみ」で、私は、ブログで紹介されたこの絵が大好きになった。

飛行機の機内で、イマーンの絵をデザインしてみた。ところが、彼女のバラの花。これを、チョコ缶の○の中に収めるのが実は結構難しくて、最後の最後まで苦労した。出来上がった缶をイマーンに届けた6月27日、田村看護師は次のように伝えている。
「体力も通院の度に落ちており、いつどうなるか予測できないとのこと。病室に入ると、ゴホゴホと咳き込みながら点滴を受けるイマーンの姿。以前よりもさらに痩せたのは見てすぐにわかりました。チョコ缶を渡すと、細い腕で缶を持ち、微笑む姿は健気で見ているこちらがたまらない気持ちになります。イマーンは本当は笑ってられないくらいつらいのに、いつも私たちが来るとこうして笑顔を見せてくれるのです。私たちがどうしても伝えたかった事、『イマーンの描いてくれた花が、これからもずっとナナカリ病院に通う子供たちを助けてくれるんだよ、ありがとう』という想いをイマーンに届けることができました。」

10月、イマーンがすでに死んでいるかもしれないことは容易に想像がついた。イブラヒムに電話で聞いてもらった。7月26日に亡くなったという。それで私は遺族に会いに行くにした。何かお土産を持っていきたいとおもった。しかしあいにく金曜日で、お店は閉まってる。

スタッフには、「バラの花でもあげたらどうですか」と言われた。「あなたがバラの絵を描かせたんだから」そういう風に聞こえる。ああ、いい考えだ。しかし、日本とは違い、アルビルに花屋さんなんかない。意地悪い難題を突き付けられた。昨夜、難民が信号待ちの車に向かって真っ赤なバラの花を売りに来ていたのを思い出した。金曜日の朝早くは、交通量も少なく、難民のバラ売りはいないだろう。そうだ。ナナカリー病院の庭に咲いていたバラを摘んで持っていこう。僕はタクシーの運転手にまず病院に行くように指示した。カラシュニコフ銃を構えた守衛にあいさつし、病院の庭には、秋のバラが咲いてた。イマーンの家族たちも、もうこの病院に来ることはないだろう。

ソーランまでは、アルビルから北東に2、3時間ぐらい車を走らせる。食事の時間にお邪魔するのは申し訳ないので、ソーランの町で腹ごしらえをする。イブラヒムが道を確認する電話を入れると、早く来ないと出かけるといっているとのことだ。大衆食堂を出ると運転手は、イマーンの父親と連絡を取りながら道を探した。車は山の方に向かう。クルドの山は、険しく岩肌がさらけでているが、秋になり少し雨が降ると緑の草が生え始まる。曲がりくねった道を登っていく。

一体この道はどこに通じるのか、予想以上にイマーンの家は遠く、山の中に入っていく。本当に、彼女の家はあるのだろうか。何度も何度も運転手とイブラヒムは携帯電話で、イマーンの家を探す。深い山の中腹の村に彼女は住んでいたのだ。目印のモスクにようやくたどり着いた。

お母さんに、バラを渡した。病院のことを思い出したのか、泣き出した。病院から帰ってきた翌日、11時ごろ、イマーンは息を引き取ったそうだ。厳しい闘病生活に疲れ切っていたのだろう。この距離を往復するのは、本当に大変だ。お父さんは、畑で作ったザクロやイチジクを出してくれる。天国に近い村。空気が薄い。突然雨が降り出した。
「冬になると雪が積もるんですよ」
外まで見送ってくれたおじいさんは、杖で山の方を差し、「あそこにイマーンの墓があるんですよ。そしてその向こうの山が、ハッサン・バック山です。」おそらくイラクで一番高い山なのだろう。3000mはありそうだ。誇らしげになんども杖で指していた。

そして、僕たちは、また長くて曲がりくねった道を引き返していった。
あれ以来、ビートルズのthe long and winding road が耳から離れない。派手なオーケストラで鳴り響く。

イマーンが描いてくれたバラの絵がチョコになりました。
チョコ募金はこちらから。
http://jim-net.org/choco/