きみを嫌いになった理由(1)

植松眞人

とても晴れた日だった。
私の通っていた市立の中学は、ごく普通の学校で、それほどひどくはないイジメがあり、それほど激しくはない非行少年がいて、スカートをめくられると顔を真っ赤にするスケバンがいた。
その中でも私は負けん気は強いけれど、何事にも自信のない男子生徒で、ときどき同じクラスのグレ始めた生徒と言い合いをしたりもしたけれど、殴り合いをするまでにはいたらない、というなんとも生殺しのような日々の中で、一世代前のフォークソングに出てくる「青春」という二文字をもてあそぶように悶々としていた。
そんな中学二年生の私のクラスに転校生がやってきた。夏休みが明けた二学期の初日だ。 鈴木君は私と同じように、クラスの真ん中よりも少し低い背丈で、前の中学の制服を着て登校した。私の学校の制服が間に合わなかったと、担任の先生が説明し、鈴木君を紹介した。紹介された鈴木君はごく普通に挨拶をしたのだがクラスの男子がザワザワとし始めた。
鈴木君の自己紹介に登場した前の学校名が、隣町にまで届くほどの不良の巣窟だったのだ。その学校名を聞き、鈴木君の学生服を見ると、まさにその学校にいたことが明白だった。
なにしろ鈴木君がいた前の中学校は近在の中学の不良を束ねて、高校や町ゆく大人たちにまで喧嘩をふっかけるのだという噂があった。そんな学校からの転校生ということで、もしかしたら、こいつだって喧嘩が強いのかも知れない。そんな短絡した思考回路を薄っぺらい電気がバチバチと走り、クラスがざわついたのであった。
しかし、たまたま空いていた僕の隣の席に座った鈴木君はそんな周囲のざわめきとは関係なく、いかにも生真面目そうで、笑うとチャーリーブラウンのような可愛いえくぼのある男の子なのだった。
隣に座った僕に鈴木君は、よろしく、と声をかけてきた。僕も鈴木君に会釈をして、よろしく、と返した。
始業式だったので、その日はそのまま学校は終わりだった。終わり際、先生から言われて僕は鈴木君を案内して回ることになった。職員室、保健室、視聴覚室、体育館、美術室、音楽室、柔道場、プールなどなど、学校のありとあらゆる場所に鈴木君の連れて行き、その場所がいつ使われるのか、使い方にどんな注意点があるのかを僕は丁寧に話した。
丁寧に話しているうちに、だんだん僕たちは打ち解けてきて、学校を出る頃には、お互いに冗談を言い合うようになっていた。
「どっちに帰るの?」
僕が聞くと、
「駅のほうに向かう途中やねん」
と鈴木君は答えた。
「そしたら、同じ方向やな」
そう言って僕は微笑んだ。
鈴木君もなんとなく嬉しそうな顔をした。
クラスの友だちから嬉しそうな顔を向けられるのは久しぶりだった。中学一年の終わり頃から、私はクラスの友だちたちとうまく行かなくなっていた。夏休み前までは楽しく話していた友だちが何人もいたのだが、夏休みが明けた頃にはなんとなく疎遠になり、あまり話さなくなっていたのだ。
僕は一見人当たりが良く、あまり人と壁を作らないので最初はみんなが親しげに近寄ってくる。ただ、僕自身は友だちの事よりも自分のことを優先して考えてしまう癖があり、付き合いが長くなるに従って、そこがバレてしまう。身勝手な人当たりのいい僕よりも、口下手でもたがいを思いやれる友だちを優先してしまうのだ。
中学一年生が終わる頃になると、クラスの中心的な明るく楽しそうなグループとは話しもしない、隅っこに追いやられていたのである。
だからこそ、鈴木君がとても嬉しそうに、
「そしたら、同じ方向やな」
と言ってくれたことが心にすっと染みてきて、僕は泣きそうになってしまったのだ。
「一緒に帰ろか」
どちらからともなく、そう言って、僕たちは校門を出た。
朝、見た時と同じように空は澄み渡って、雲の縁取りが濃いオレンジ色に見えるくらいの深い青空だった。僕のほんの半歩前を歩いていた鈴木君の学生服の肩の辺りにもオレンジ色の縁取りが出来ていた。(続く)