カブト虫を捕りに行く。

植松眞人

 車の運転はおじさんで、助手席にはおじさんの息子で、僕よりもひとつ年下の従兄弟が乗っていた。「嫌というほどカブト虫が捕れるぞ」というおじさんの言葉を信じて二時間ほど獣道のような場所をうろうろと探したので、僕たちはすっかり疲れて黙り込んでいた。従兄弟は自分の父親の言葉が嘘だったことで、僕たちよりもさらにショックを受けていて、あからさまに不機嫌な顔をしていた。
 僕はいつも酒ばかり飲んで飲み過ぎると、まだ小学生の僕らにも絡んでくるおじさんがもともと嫌いだった。それなのにカブト虫につられてしまったことに、自分自身に腹が立っていた。従兄弟のこうちゃんは、たぶん僕がおじさんをあまり好きじゃないということを知っていた。だから余計に、カブト虫が捕れなかったことに、混乱していたのだろう。
「こうすけ、そんな顔するな。しゃあないやないか、カブト虫かていろいろあるんや」
 おじさんは照れくさそうな表情でそう言ったが、こうちゃんの気持ちは収まらない。
「うそつき」
 こうちゃんは小さな、でも強い口調でそう呟いた。おじさんは間髪入れずにこうちゃんのほっぺたを張った。パシッという高い音がして、こうちゃんが泣き出した。よほど悔しかったのだろう。こうちゃんの泣き声はいつまでも収まらなかった。僕と弟はこうちゃんがビンタされたことに驚き、泣き続けるこうちゃんを固唾を呑んで見守った。こうちゃんは泣き続けると決めたようで、泣き止んだかと思うと無理矢理のように鼻をすすり、また泣き始める。僕と弟も気持ちとしては、こうちゃんと同じようにおじさんを嘘つきだと思っていたのだが、正直すでにこの状況に疲れていた。そんな様子を察してか、おじさんが僕に話しかけてきた。
「カブト虫おらんかったなあ。帰りにアイスクリームでも買うたるからな。機嫌直しや」
「うん、わかった」
 僕はそう答えたが、こうちゃんはあからさまに僕をにらんでいる。すると、おじさんは自分の息子であるこうちゃんに笑いかけた。
「もう泣くな。お前にはわからんかもしれんけどな。人生にはこんな日があるんや。いつでもうまいこといくような人生、逆にろくな事ないぞ」
 おじさんはそう言うと、力なく笑って、その後、家に帰り着くまで一言も話さなかった。こうちゃんは泣き疲れて眠っていた。