「クスモ・アジ」は現在は踊られていない曲だが、結婚式で男女のカップルで踊る舞踊として、私の舞踊の師のジョコ女史が振り付けた。実は、録音しようと思って作品を習ったのだが、結局録音は果たせないまま今に至っている。このステイホームの折柄、古い記録類を整理していたら、昔のコンパクトフラッシュからその舞踊に関するメモが見つかった。というわけで、今回は「クスモ・アジ」を紹介したい。
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その前にまず、男女の舞踊というジャンルについて。ジャワ舞踊(スラカルタ様式)には男女のカップルが愛を交わし合う様を描く舞踊作品がいくつもある。それらは初めから結婚披露宴で上演されるものとして作られた。その嚆矢は1970年にマリディ氏が振り付けた「カロンセ」で、スハルト元大統領夫人(故)が親族の結婚式のために依頼したものである。この舞踊ではパンジ物語(ジャワ発祥の大ロマン)用の衣装を身に着ける。つまり男女の踊り手はパンジ王子とスカルタジ姫(パンジ王子の許嫁)という設定なのだ。マリディ氏は他に、「エンダー」(1971年)や「ランバンセ」(1973年)も振り付けている。また、1980年にはスラカルタの芸大教員たちが「ドリアスモロ」という作品を振り付けている。「カロンセ」以外はキャラクターの衣装ではなく、婚礼衣装を模した姿で踊るのが普通である。
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さて、本題。「クスモ・アジ」は、スラカルタ王家のジョヨクスモ王子(パク・ブウォノX世の王子)が1978年に娘の結婚式のためにジョコ女史に委嘱した作品である。王子の希望で、天から降りてきたコモジョヨとコモラティの神(ワヤンに登場する、愛を司る夫婦の神)が花嫁・花婿に祝福を与えるという内容だ。そのため、他の舞踊作品は儀礼が終わって宴たけなわの時に上演されるが、「クスモ・アジ」は儀礼の初めに上演される。ちなみに、上の「ランバンセ」という作品でも踊り手はこの夫婦神という設定なのだが、他作品のように男女が愛を交わし合うという内容で、「クスモ・アジ」とは似て非なる。
「クスモ・アジ」の振付は上述したような作品とは違い、ずっと淡々としている。ガムラン曲はラドラン~ラドラン~クタワン~アヤ・アヤアン形式の曲をつなぐとはいえ、宮廷舞踊のスリンピやブドヨのように、ずっと一定のテンポで進行する。そして、他作品のように男女がくっついたり離れたり、気分が高揚したり悲しみを感じたりはしない。あくまでも神の舞いなのである。遠くに花嫁・花婿を認めて降臨した夫婦神は、女神が男神の周囲を衛星のように廻りながら一周する。ここの動きは「スリンピ・スカルセ」から取られている。その後、夫婦神は揃って花嫁・花婿の前に進み、髪に花を挿してやる。題名の「クスモ・アジ」は「祝福された花」を意味するが、この所作から名付けられたように感じる。そして、2人の周りを廻って祝福を授け、見守りつつ去ってゆく。こう書くだけでも動きやフォーメーションのシンプルさが分かると言うものだが、ドラマチックな盛り上がりに欠けるので、他作品のようにイベント上演には向かない。あくまでも結婚儀礼と一体化してこそ成り立つような舞踊である。