結局、僕らは仕事で絡むことはなかったけど、時々会っては、お互いの会社の愚痴を言い合ったり、東京でのせせこましい暮らしについて話したりするようになった。月に一回は会ってたな。あんたのマンションにも立ち寄るようになって、美幸さんの手料理をいただいたり、純平君とも遊んだこともあった。知美ちゃんが生まれたのは、僕らが再会して、一年ほどしてからやったかなあ。あんたも「女の子は格別やなあ」いうてえらい可愛がりようやった。美幸さんも純平君も幸せそうやった。僕はまだ結婚してなかったけど、結婚を約束した人が社内にいて、あんたとこみたいに幸せな家庭を築きたいと思てたんや。
美幸さんから僕のスマホに電話がかかってきたのは、知美ちゃんが生まれて一年ほどしたくらいやった。よう覚えてる。知美ちゃんの誕生月は僕の母親と一緒やから。僕の母親は、自分の誕生日が近づいてくると、プレゼントを催促するような人やったから、母親のプレゼントを買うとき、一緒に知美ちゃんのプレゼントも買おうと思ってたんや。
僕は半年ほど前に埼玉の拠点に転勤になって、あんたと会うタイミングがちょっとだけ難しなってた。「知美がどんどん可愛くなってるんや」というメッセージがあんたから送られてきたのが三ヵ月ほど前やったかな。「今度の休みにちょっと遅くなるけど、知美ちゃんの誕生日プレゼント持って会いに行くわ」と返信したなあ。けど、新しい拠点での仕事が忙しくて、結局行けないままになってた。今度の休みと言っていた日から二ヵ月ほどもたった昨日、スマホに美幸さんから電話が入った。
「急に電話をしてすみません」
美幸さんの声が沈んでいた。
「どうしました」
僕が恐る恐る返すと、電話の向こうは黙り込んだままになった。僕はその沈黙には大きな意味があり、その意味が暗く重いものだという予感がして、何も切り出せないまま、互いが黙り込んだ。どのくらい、僕らが黙ったままやったのか、思い出せない。ただ、とてもかすかな声で、美幸さんが、あの人が二日前から帰ってこないんです、とだけ言った。
その時、僕は思い出したんや。高校三年のあの日の夜、僕の家の前であんたが言うた、「六甲山がええか、夙川の海がええか、お前ならどっちを選ぶ」と聞いた言葉や。僕は美幸さんに言うた。
「たぶん、関西にいると思います。きっと里心がついたんと違いますか」
できるだけ、明るい声で僕は言うた。けど、美幸さんはもう何かを覚悟をしたように、唇を食いしばってる姿が見えたような気がしたな。(つづく)