夜の山に登る(6)

植松眞人

 最終ののぞみに乗ろうと、東京駅に向かったんやけど、あんた知ってるか。週末の新幹線の最終って、意外に混んでるんやで。自由席に座ろうと思て並んでたんやけど、うまいこと座れずや。通路に立ったら、嫌な顔されるから、連結部分近くの荷物置き場に体を沈めて新大阪に向かった。東京、品川、新横浜と過ぎて、僕は名古屋に着くまでの間、じっと窓の外を見てた。僕の疲れた顔が窓に映ってた。じっと自分の顔を見てたら、なんや、あんたと向き合ってるようなそんな気持ちになってきた。不思議なもんやで。僕がな、あんた六甲山におるんやろ、って聞いたら、そや、六甲山におるんや、言うて窓に映った僕の顔があんたの代わりに答えよるんや。
「やっぱり、寒いの苦手やから海へは行かへんかったんか」
「そうや。寒いし、海は風がきついやろ」
「六甲山のどの辺におるんや」
「高山植物園のバス停あるやろ。あの近くや」
「あんなとこで火焚いたらばれるやろ」
「大丈夫や。この時期、植物園はえらい早くしまってしまうから」
「もう六甲山に入って三日くらいたつんやな」
「そうや」
「次、行くとこは決まったんか」
「そうやな。もう決まってる」
 行くとこが決まったと言われたら、なんやその先を聞くのが怖なってなあ。窓に映ったあんたの顔、いや、ホンマは僕の顔をじっと眺めてしもた。そしたら、その顔がニヤッと笑いよった。
「なに笑てんねん。きしょく悪いなあ」
 僕がそういうた途端に、急に大きなビルの光が差し込んできて、窓に映ってた顔が掻き消された。都会の光の渦の中に飲み込まれて、もうなんにも窓には映らんようになった。 
 新大阪についたのは、日付が変わる少し前や。僕はタクシーで、予約してあった三ノ宮駅近くのビジネスホテルに泊まった。ホテルの窓から六甲山が見えるかもしれんと、窓を開けてみたけど、真っ暗で何にも見えんかった。翌日になって見えんかったわけがわかったわ。窓の向こうはほんの十五センチくらいで隣のビルの壁や。真っ暗ななかでは、ものすごい広大な闇が広がっているように思えたんやけどな。僕は真横のビルの壁をじっと意味ありげな顔をして見つめてたというわけや。間抜けやろ。ほんまに間抜けや。
 朝、早めにチェックアウトして、ホテルを出ると、坂道の上に六甲山が見えた。えらいええ天気やったなあ。(つづく)