大黒天を名乗った男

植松眞人

 おれの話を聞いてくれるか。
 おれはそんな賢いほうじゃないけど、それほど阿保でもないと思ってる。どの辺が阿保でもないのかというと、それなりに動物的な勘が働いて、うまいこと仕事をこなせたりするところや。人からもそのあたりをほめられて仕事をもらったりする。
 おれの仕事はいわゆるクリエイティブな仕事でね、クリエイティブとかいうのがなんか面はゆいから、自分では「くりえーちぶ」とかわざと言うてる。具体的にはプロダクトデザインのコンセプトから商品化、マーケティングや流通設計までを担当することもある。というと、かなり賢いのではないかと思われるかもしれんけど、こういう仕事の全部を理解しているのかというと、それはない。
 もともとうちの事務所におばちゃんの事務員がいて、こいつがかなり切れ者なんや。チビでデブのくせに悪巧みができるおばちゃんや。このおばはんが元いた会社っちゅうのがかなり販売促進の会社で、その時の人脈とかを駆使して仕事をとってきてくれている。外面のええおばはんなんで、仕事が途切れることはない。
 それで言うと、おれはおれで外面がええので、チョロチョロチョロチョロ仕事が入ってくる。まあ、あんまり賢くないので、ややこしい仕事が中心やけどな。
 事務所を立ち上げて数年が経つけど、これまでそのおばはんと二人でそれなりに仕事をこなしてきた。おれら外面はええけど、おばはんは意外に腹が黒いし、おれはケチやし、ということでなかなかシビアな仕事をするわけや。なんて言えばいいかなあ、いわゆるリアリストっちゅうやつやな。甘いことばっかり考えて仕事がうまいこといかんようになる業界人は数多いけど、おれから言わせれば、そういう奴は才能がハナからないんとちゃうやろか。
 なんちゅう屋号でやってるのかって? 教えましょう。弊社の屋号は『ダイコクテン』と申します。これ、すごいやろ。事務所の登記をする前に、ふと思いついたんや。大黒さんは袋をせたろうて米俵の上に鎮座ましましてるあの神様ですわ。もともとはヒンズー教の神様らしいけども、日本では食料とかね、そういうもんの神様らしい。まあ、食べるのに困らない神様ということやね。
 もしかしたら、おれの会社がうまいこといってるのはこの屋号のせいやないやろか、と思うこともある。ダイコクテンやからね、漢字で書くと大黒天やけど、そこはちょいとクリエイティブな感じで、ダイコクテンとカタカナ表記にしたんよね。
 ところが、ここ半年ほど、どうにも仕事の具合が悪い。おばはんに「もうちょい仕事入れんと、やばいですねえ」と言うたら、「そんな都合よう入ってくるかいな。どんとかまえときなさい」と、どっちが社長かわからん言い方されてしまう始末や。まあ、向こうのほうがだいぶ年上なんで、ええんやどね。
 けど、仕事の入りが落ちてるのをほっとくわけにはいかんなあと思いまして、いろいろ出来るだけ営業してみたりしたんやども、うまいこといかん。もう、こうなったら神頼みや、ということで、近所の神社に行って柏手打ってお詣りしたわけや。
 そしたら、その日の夜。
 うちの嫁さんはもともとおれの仕事にそんなに興味ないし、自分でも働いてるからおれの焦りには一切関知せず、というわけや。ちなみに、事務のおばはんは、うちの嫁さんのことは大嫌いらしい。おれがおれへんとこで、むちゃくちゃうちの嫁さんの悪口言うてるらしいわ。もれ伝え聞くところによるとね。
 まあ、嫁さんの話はええねん。神社にお詣りに行ったその日の夜のことや。寝ようと布団に入ったとき、隣ではもう嫁さんはグーグー寝とるわけよ。で、おれは布団をかぶって寝ようとしてるわけよ。そしたら、おれの枕元に小さいサイズの大黒さんが出てきよった。びっくりしたで。そらそうやがな、身長十センチくらいの大黒さんが米俵の上に立ち上がって、こっちじっと睨みつけてるねんから。こっちはなんのことかわからん。
「お前、わしが誰かわかってるのか」
 大黒さんがそう言うわけや。おれはもうびっくりして声もでえへんいうやっちゃ。黙ってたら、大黒さんのほうがすごんできはるねん。
「おい。聞いてんのか」
「聞いてます。聞いてます」
「ほな、言うてみ。わしは誰や」
「大黒です。大黒さんです」
 おれがそう答えると、大黒さんはニヤっと笑いはって、
「そや。そやろ。わかってるんやないか」
「もちろんです。大黒さんの御利益にあやかろうと思って、屋号もダイコクテンとしたくらいですから」
 おれもなんか必死や。お化けがでてくるのも怖いけど、神さんが急に目の前に現れるのも怖いからなあ。
「それや。お前は、畏れ多くもわしの名前を、神さんの名前を屋号にしたわけや」
 ああ、そうか。そのことを怒ってはるのかとおれは思たんや。
「すみません。勝手なことしてすみません」
 おれはそう謝った。すると、神さんは首を横に振ってはる。
「ちゃうねん。それはええねん」
「ええんですか」
「うん。ええねん。わしの名前を付けて食うに困らん商売をしようという心根はええねん。逆にそれはうれしいねん」
「そうですか」
「そらそうやがな。わしら神さんやなんやと言われてもやで、正直、信心してもらわな始まらん」
「そんなもんですか」
「そんなもんですかって、お前のそういうとこが、わしは前から引っかかってたんや」
 大黒さんはそう言うと、ちょっと怖い顔しておれをじっと見つめはるんや。
「お前はいっつも知ったかぶりして、べらべらしゃべるやろ。なんも勉強してへんくせに、ちょっと誰かから聞いた話をまるで自分が遙か昔から知ってた話のように、訳知り顔に話す。お前のそう言うところが大嫌いなんや」
「す、すみません」
「いや、別にええねん。そういう奴は多いし、そういう奴でわしらは支えられてるというてもええくらいや」
「そんなもんですか」
「お前の口癖の、そんなもんですか、いうのは嫌いやから、それは直しや」
「はい」
「ほな、今から話すること、じっくり聞きや」
 そう言うと、大黒さんはおれに言い聞かせるように、ゆっくり話し始めたんや。

 あのな、お前は屋号を考え始めるまで、わしのことなんか何にも知らんかったよな。けどまあ、ビジュアルが面白いからいうことで、屋号に選んで、申し訳程度にウィキペディアでわしのこと調べて…。
 ええねん、ええねん。そういうことを怒ってるわけやない。そういう奴は多いし、いまどき、その程度の奴でもないと、神様の名前を自分の商売の屋号にしようやなんて浅はかなことはせえへんねん。
 わしはわしで、ちょっとでもそういうことで、忘れかけられたわしら神さんの名前が人に知られたらうれしいからな。わしなりに、お前んとこの商売の手伝いをしてたんや。
 お前、気づいてないと思うけどな。仕事を始めて、二つ目の大きい仕事あったやろ。あれなんか、クライアントの机の上にあったライバル会社の名刺の電話番号をお前とこの番号に変えといたんや。そしたら、間違えて電話かけやがってな。仕事頼むつもりでかけてるから、相手が違ういうことに気づかずに、ガンガン発注してきて、かける相手が違うと気づいたときには後に引けんようになって、見事お前の会社の仕事になったわけや。
 それだけとちゃうねんで。お前の会社のためには、むちゃくちゃ貢献してるねん。そや、あの事務のおばはんかって、わしがうまいことお前のとこに誘導したんや。仕事がちゃんと入ってくるようにな。まあ、あのおばはんがあんだけ腹黒やいうことには、さすがに気づかんかったけどな。

 大黒さんはここまで話すと、ちょっと悲しそうな顔をした。
「そやのに、お前今日なにした」
「え…」
「お前、今日なにしたか思い出してみ」
 おれは大黒さんの言う通り、今日の行動を思い出してみた。
「神頼み、ですか」
 そう言うと、大黒さんはぐいっとおれのほうへ一歩進み出て、おれを睨みつけた。
「それや!お前今日、神社に行って八百万の神に自分の会社のこと神頼みしたやろ」
「は、はい」
「わしはヒンズー教の神さんやぞ。その屋号のついた会社の命運を日本の八百万の神に、何とかしてくれと頼むてどういうことや」
「それは、気がつきませんでした」
「気がつかんではすまん!」
 そこまで、大黒さん、威勢が良かったんやけどな。そこで急にトーンが落ちた。
「正直、もう謝って済む話ではなくなってるわけよ」
 大黒さん、なんや逆におれを哀れむようなそんな顔になってはるんや。
「どうしたらええんでしょう」
「もう手遅れや。これまで入ってた仕事も今月限りでだいたいおわるで」
「ほんまですか?」
「ほんまや。あとな、一緒に働いてるおばはんおるやろ。あいつもなんか適当な言い訳ばっかりするようになって、仕事を運んでくるようなことはなくなるわ」
「そしたら、ただのお荷物じゃないですか」
「そうやで。もう半年くらい前からそうなっててんけどな。気づかんかったか」
「気づきませんでした」
「そうか。平和やな。リアリストのくせに」
「すみません」
 おれは愕然としてしもた。ちょっと神社に神頼みしたくらいで、こんなことになるなんて、と正直おれは思ってた。
「お前、反省してないな」
「いや、してますよ。ほんまにしてます」
「嘘や。それが証拠に、いまの仕事がなくなったらどうしたらええか。しばらくは嫁さんに食わしてもらいながら、適当にやり過ごしたらええわ、とか思てるやないか。それに、いま進めてるプロジェクトも、儲かるかどうかわからんから、ついでに頓挫させてしまえ、とか都合のええことばっかり考えてるやないか」
 ぐうの音もでんかった。その通りやったからや。おれはリアリストかも知れんし、動物的な勘が働くかも知れん。けど、それよりもなによりも、おばはんが言う通り、おれはケチなんや。ケチで、恐がりで、どうしようもない人間なんや。ちょっとでもうまいこといかんことがあると、逃げることばっかり考えてる。
「それや」
 大黒さんは小さな声でそう言うた。おれがそう思っただけで、言葉にしていないのに、大黒さんは少し微笑んでいる。
「そういうふうに、正直な気持ちになることはええことや。お前が逃げることで、迷惑のかかる人もたくさんおるやろ。けどな、お前が生き延びることを考えたらええんや」
「ほんまに、それでええんでしょうか」
「ええねん。真横におるおばはんのことはちょっと気をつけんと切れよるからな。それだけは気をつけたほうがええ。それ以外はもうええやないか。特に離れた場所におる奴らのことなんか、あとで言い訳して歩いたら適当にごまかせるって。そうせえそうせえ」
 大黒さんはそういうと、おれを見て笑うのだった。おれはおれで、大黒さんにそう言ってもらったことで気が楽になった。もともと経営なんてことができるほど、頭のいい人間やないからな。気楽にやるのが一番や。事務のおばはんと化かし合いながら、適当にやっていこうと思たわけや。
 おれは大黒さんに手を合わせると、これからもよろしく頼みます、と心で念じた。目の前の大黒さんはまんざらでもない様子で深くうなずいている。
「わかってくれたらええねん。あとは一日も早く、このチンケな賃貸マンションを出て、自分の家を建ててくれ」
 なんで家の話とかしてるんやろと思ったんやけど、大黒さんがおれを励ましてくれてるんやと思てうれしなったんや。
「わかってます。なんか、かっこええ家を建てられるようにがんばりますわ」
 と答えた。そしたら、大黒さんものってきてな。
「お前、どんな家を建てたいんや」
 なんて聞いてくるんや。
「そうですねえ。大きな窓があるんですよ」
「ええなあ、大きな窓」
「ええでしょ。広いリビングあるんですよ」
「リビングかあ。居間とちゃうねんな」
「居間でもええんですけど、リビングいうほうがかっこええでしょ」
「そやな。そのリビングにはあれもあるんやな」
「大きな液晶テレビでしょ?」
「まあ、テレビもいるけど、ほら」
「あ、サウンドシステム?」
「まあ、それもええなあ。映画が大迫力やな。でも、ほら、他に」
「ソファとか、テーブルとか、そういうもんですか?」
「いやいや、もっと構造的な」
「構造的ですか…。そのへん、ようわからんのですが、もうね、バリアフリーがええなあと」
「バリアフリー?」
「そうです、そうです。長く住めるようにね。段差とか柱がない空間がええなあと」
「ちょっと待って」
「え?」
「段差はええけど、柱もないの?」
「柱ないほうがかっこよくないですか」
「一本もか?」
「まあ、最近の家は壁で充分に耐震が出来る言いますからね」
 そこまで話すと、大黒さん、急に黙り込んでしもたんや。それで、おれの枕元に立ってたんやけど、がっくり肩を落として向こう向きはってな。黙って行ってしまおうとするんや。
「ちょっと待ってください。どないしたんですか」
 そういうても、大黒さん、振り向いてくれへん。
「大きなかっこええ家建てますから、一緒に暮らしましょうよ」
 おれはそう言うてみたんや。そしたら、大黒さん、振り向かんと向こう向いたままこうつぶやきはったんや。
「家を建てる時に、大黒柱のことを忘れるやつを大黒天がサポートするわけにはいかんのよ。お前は悪い奴やないけど、徹底的に勉強不足なんよ。そこがかわいそうなとこやけど、わしには助けられへん部分なんや」
 それだけ言うと大黒さん、ふっと消えてしまいはった。
 おれが自分の会社の屋号を神さんの名前にしたのに、それほど運が回ってけえへん理由は、こういうことやねん。ああ、おれがもうちょっと勉強が好きな人間ならなァ。(了)