長い足と平べったい胸のこと

植松眞人

 バスタブに身体を沈めて、じっと息をひそめているとリビングルームで誰かがお茶でも入れているのか、食器がカチャカチャとぶつかる音が微かに聞こえてきて、もうそれ以上静かにはできないのに、もっと静かにしなきゃと身体をこわばらせながら、浴室の灯りを消せばいいのかと思ったけれど、もし、それがママだとして真っ暗な浴室のドアを開けて、わたしが息をひそめてお湯に浸かっているところを見つけたほうがきっと驚いて、灯りがついていたとき以上に叱られるに決まっている。

 いやもうそれ以上に、リビングの椅子の背もたれにわたしはブラジャーやパンツを引っかけるように脱いできたので、それがママであろうとパパであろうと、いまごろお茶を淹れながら、わたしがお風呂に入っていることはもうわかっているはずだよね、とわたしはわたし自身と話すように声に出さずに話してみる。そして、そんな会話が成立するなら、自分だけのセルフテレパシーみたいだ!と一瞬大発見をしたような気分になったのだけれど、そう言えば同じように感じたことが以前にもあって、それは大嫌いな数学の授業中のことで、数学のアキモト先生が発言した何かに、わたしが一人ぶつぶつと小さな声で人知れず反論していた時のことだった。でも、それは隣の席の誰かから見れば、いわゆる独り言を言っている状況で、いやもしかしたら、もっとややこしい多重人格的な何かかもしれず、少し前に学校の授業中に逃げ込んだ保健室のヨネダ先生にそう言ったら、先生はついこないだ大学を卒業したばかりで、高校生のわたしたち女子から見ても、かわいいという声しか上がらないくらいの見るからに勝ち組の容貌からは考えられないほどにえぐみのある声で、「よっちゃん、それやったら、自分の中に何人の人格がおるか、わかるんか」と言うのだった。わたしは「何人かはわからんけど、けど、二人以上はおる気がします」と、ちょっとえぐみのある声にビビってしまって答えたのだけれど、ヨネダ先生は今度は要望通りのこちらが女子にもかかわらず惚れてしまうやろと言ってしまいそうになる声で、「ほな、一人目はどんな人?」と小首をかしげながら聞くのだった。わたしは「えっとえっと、そうやな。なんとなく、私の弱いとこを責めてくるタイプの嫌なやつやねん」と答えると、またまたヨネダ先生は「そいつは、どんなこと言いやんの?」と優しく聞いてきて、わたしはその優しい声に誘い出されるように、アホみたいな声で「お前は大学にも通らへんようなだめ人間や!とか言いよんねん」と答えると、先生は「ほなあれやろ、また別の人がよっちゃんの中で、うるさい、うちかて頑張ったら大学通るかもしれへんやないの!とか答えるんやろ」と言うので、わたしが「そうそう!」と答えると、ヨネダ先生はさっきまでの優しい顔がプロジェクションマッピングで投影されていた顔みたいに、一瞬にして真顔に戻って、声までエグいオッサンみたいな声になって、「それは多重人格とかやのうて、ただの鬱陶しいウジウジした人間や!」って怒鳴りはってわたしは、漫画みたいに「ひゃっ」みたいな自分でも聞いたことのないような声出して保健室から逃げてきたんやった。

 バスタブのお湯がなんとなく冷めてきたので、わたしは追い炊きのボタンを押してから、唇ギリギリまでお湯に浸かって、またまた耳をすましてじっとリビングの物音を聞いてみるのだけれど、もう何の音もしない。きっと、こんな時間にお風呂に入っている出来の悪い受験生の娘を優しい気持ちで放っておこうと思ったのだと納得はしたけれど、それはそれで一声かけて言ってもいいんじゃないのという気持ちは拭えない。拭えないけれど、もう誰にもじゃまされることがないなら、とそっち立ち上がって、真っ裸でバスタブから出て、浴室のドアをほんの少し開けて、手首から先だけを出して、灯りのスイッチを探り、パチンと消した。すると、二つあったスイッチを同時に消してしまったようで、浴室の中も脱衣場も一気に真っ暗になり、わたしは身動きができなくなって、慌てて、そのままの体勢でもう一度、スイッチを押して灯りをつけた。今度は、浴室の中の灯りだけがついた。真っ暗な中でお湯に浸かろうと考えていたので、わたしはさっきの反省を踏まえて、浴室の中の動線を確認した。狭い浴室だけれど、間違えて洗面器を踏んでしまったらひっくり返ってしまうかもしれない。いまの体勢から一歩あるけばバスタブに突き当たる。そして、その縁を手に持って用心深くバスタブに入れば問題はない。と納得して、私は自分の通り道を何度か目視で確認した。すると、洗い場につけられている鏡に目が入った。わたしの生っ白い裸が映っている。長い足が映っていたので、わたしはその足を少し曲げたり伸ばしたりしながら、自分の足の長さに見とれた。見とれながら足とは正反対にあまり見たくない平べったい胸が見えてしまい、大げさにため息を吐いてみた。わたしの胸は実は同級生のなかでも早めに大きくなった。小学校の五年生あたりで、ちょっと大きくなった胸は同級生たちの注目の的で、六年生になると同時に担任先生がママに電話をして、スポーツブラを付けさせるように言ったそうだ。ママは、まだ大丈夫、娘の身体は母親がいちばん解っていますから、と言ってやったと興奮していたけれど、改めて私の上半身を裸にして、まじまじと胸をみて、翌日の土曜日には近所のショッピングセンターにスポーツブラを買いに行ったのだった。そして、わたしはそんな事態を迎えて、不安と期待が入り交じっていて、このままわたしの胸が大きく大きくなったらどうしよう、巨乳とかになったら恥ずかしくて高橋くんの前に行けなくなったらどうしたらいいんだろうとか、思っていたのだけれど、そんな心配をよそに、わたしの胸は誰よりも速く大きくなり始め、、誰よりも速く大きくなるのをやめてしまい、それと同時くらいに背が伸びて手足が伸びて、胸の膨らみは身体全体の中のバランス的になかったことのようになり、山でいうたら天保山くらいの、虫刺されでいうたら蚊に刺されたくらいにしかならなかった。

 そんな平べったい胸がいま鏡に映っている。わたしは悔し紛れに、フフッとニヒルに笑ってもう一度、浴室の灯りを消してみた。真っ暗になった浴室になかで、さっきまで鏡に映っていたわたしの裸が残像のように残っているようだった。わたしは何度も確認した動線の通りにバスタブに浸かり、頭でザブンと潜ってみた。お湯が溢れて、ザーッと言う音が、くぐもってわたしの耳に伝わり、しばらくすると静かになった。しばらくの間、じっと目をつむってわたしはお湯の中にいた。そして、ゆっくりと息を吐きながら、少し前にパパとみた『地獄の黙示録』という昔の戦争映画の主人公が濁ったメコン川から顔をのぞかせるシーンを思い出しながら、ゆっくりと顔を出した。目を開けても灯りが消えた浴室は真っ暗で、それなのに、さっき残像として映っていたわたしの裸が見えた。細くて長い、生っ白い足と、なんだかゴワゴワと毛が生えたあそこと、そして、平べったい胸が順番にわたしにわたし自身のことを思い知らせるように迫ってきた。真っ暗な浴室のなかで、わたしは自分の細くて長い足とゴワゴワしたあそこと平べったい胸の残像をずっと見ていた。それを見ていると、なんだか最近、世の中にもの申したい気持ちいっぱいで暮らしていたのに、おい、お前なんてまだまだ子供で、まだまだ男か女かわからないくらいに弱々した存在じゃねえか、と言われているような気がして、急に心細くなってきてこのまま浴室の灯りもつくことはなく、わたしは誰にも見つけられないまま、ずっとここで過ごさなければいけないのかもしれない。どうしよう、どうしようと思っていると、身体まで湯冷めしてきて、わたしはわたしの裸の残像も消えてしまった真っ暗な浴室の中で、まるで親からはぐれた鹿かなにかの草食動物のように手探りで、小さく震えながら湯船をさぐり、ゆっくりとお湯に浸かった。ざあっと、お湯が流れる音がして、私はさらにゆっくりと湯船の中に肩まで浸かった。湯船の中のお湯は、さっき追い炊きしたおかげで、ちょうどいい加減だった。いつまでも入っていられそうなくらいに気持ちもいい温かさだった。(了)