ラントヨ

冨岡三智

この「水牛」には2002年11月号から寄稿させていただき、この1月号で19年と2か月目になる。その記念すべき第1回目に書いたのが「ラントヨ」だった。ラントヨはスラカルタ様式ジャワ舞踊の基礎練習法のことだが、このエッセイの出発点でもある。そのラントヨを制定したクスモケソウォ(1909-1972)は、2021年8月12日、国の芸術に多大な貢献をした人物に贈られる勲章としては最高位のパラマ・ダルマ文化勲章を授与された。というわけで、あらためてラントヨについて書き残しておきたい。

クスモケソウォはスラカルタ王家の舞踊家で、1950年にインドネシアで初めてのコンセルバトリ(現・国立芸術高校スラカルタ校)が設置されると、初のスラカルタ様式の舞踊の教師となった。ラントヨはそのコンセルバトリで舞踊を教えるために作られたもので、舞踊の動きの基本を練習するためのものである。私の師匠であるジョコ・スハルジョ女史(1933~2006)はクスモケソウォの長男の妻に当たる。コンセルバトリ開校時からコンセルバトリに勤め、1956年からはクスモケソウォの助手に採用され、その後定年までコンセルバトリでスラカルタ舞踊の基礎を教えた。クスモケソウォの教えを一番受け継いでいる人である。ここでは私がジョコ女史から学んだクスモケソウォのラントヨについて記す。

●ラントヨI

ジャワ舞踊には女性舞踊(タリ・プトリ)、男性優形(タリ・プトラ・アルス)、男性荒型(タリ・プトラ・ガガー)の3つの型があり、それぞれにラントヨIとラントヨIIがある。ここでは女性舞踊のラントヨに沿って紹介する。

ラントヨIは基本的に足運び(ルマクソノ)を練習するものである。クタワン形式の曲に合わせて足が出て、それにつれて手が出て、その手についていくように首(視線)が動く…これが滑らかに連動するように練習する。

ラントヨをする時はサンバランといって腰に巻いたジャワ更紗を引きずるように着付ける。これは宮廷舞踊の着付である。ルマクソノの歩き方は独特で、1=ドゥブッ(足の平で床を打つ)、2=グジュッ(つま先をもう一方の足の踵の後ろに下ろす)、3~4=体重移動して1歩前進、のように歩く。このドゥブッ、グジュッという足の動きも宮廷舞踊独特のもので、グジュッの前にサンバランの裾を蹴る。というわけで、ラントヨはジャワ舞踊と言っても宮廷舞踊あるいは宮廷舞踊を基にした舞踊の基礎を学ぶために作られたものであることが分かる。

また、ラントヨはジャワ舞踊の振付の基本を身につけるためのものでもある。ジャワ舞踊では、主となる動きを変える時にはつなぎの動きをはさみ、しかもそれは曲の周期の終わりにくると決まっている。音楽にのって歩けるようになるだけでなく、つなぎの動きを曲の正しい箇所にはめ込めるようになるのが大事なのだ。ラントヨでクタワン形式の曲を使うのは、形式が小さくて(16拍で1周)つなぎの動きをはめ込めるチャンスが多いためである。

ルマクソノは手の動きにより6種類ある。また、ラントヨIで使うつなぎの動きは5種類(①二グル、②サブタン、③スリシッ、④オンバッバニュ~スリシッ~シンデッ、⑤シンデッ)あって、その長さは8拍、12拍、4拍とバラバラである。指導者が学習者に「次は二グル…」と指示すると、学習者は正しい箇所で二グルの動きを始め、次に指示される動きへとつなげる。

そして、ラントヨIでもIIでも、最初と最後には床に座って合掌する。ラントヨIの合掌の方が簡略化されており、ジョコ女史は「スンバハン・ワヤン(ワヤン・オラン舞踊劇の合掌)」とも呼んでいた。ラントヨIができれば、まだ踊ることはできなくてもワヤン・オランに端役で出演することもできると言っていた。そう言われれば、つなぎの②や④も舞踊劇の入退場で使われるものである。

●ラントヨII

元々のラントヨIIは次のような構成になっている。①~⑨はスカラン(ひとまとまりの動きの型)の名称で、ここではつなぎの動きは書いていないが、つなぎはシンデッかスリシッである。ラントヨIの段階では歩いて手を動かすだけだったのだが、ラントヨIIでは体の各部の動きが組み合わさってある程度の長さとまとまりをもったスカランを修得することが目的となる。また④や⑦ではホヨッと呼ばれる胴の動きが加わっている。このように、ラントヨには素朴ながら動きを分解して段階的に学習するという意識が見られる。

①合掌
②ララス・サウィッA~ララス・サウィッB~ララス・サウィッA
③ゴレッ・イワッ
④リドン・サンプール 
⑤ウクルカルノ
⑥エンジェル・リドン・サンプール
⑦ガラップサリ
⑧エンギエッ
⑨合掌

これらのスカランはいずれも宮廷舞踊のスリンピやブドヨで使われるもので、しかも①~③は『ガンビルサウィッ』、『スカルセ』、『ゴンドクスモ』などのスリンピの展開パターンに同じである。ララス・サウィッとは『ガンビルサウィッ』で使うララスという意味での命名だが、スリンピでは合掌の後に必ずララスと呼ばれるスカランがある。また、⑧はスリンピの曲の終わりで座って合掌する前に必ず使われるスカランで、ラントヨを通してスリンピの振付の始めと終わりの定型が身につくようになっている。
 
ジョコ女史は幼少からジャワ舞踊に親しんでいた人だが、これら宮廷舞踊のスカランはコンセルバトリでラントヨを習うまでは全く知らなかったと言う。それだけ宮廷舞踊と一般の舞踊には隔たりがあり、宮廷舞踊は非常に難しいものだったようだ。しかし、これらのスカランは、ラントヨの普及とその後作られてゆくいろんな舞踊作品に取り入れられることで、ジャワ舞踊の基本としてすっかり一般化した。