犬、少年、公園

植松眞人

犬が歩いている。その後を少年が歩いている。付いて行くでもなく、従えているでもなく、なんとなく一緒に歩いている。たがいに僅かに距離をとりながら日比谷公園に向かう街路を歩いている。イチョウ並木はすっかり葉を落とし、それを犬がカサカサと音を立てて踏む。少年は、おそらく中学生くらいだろう。犬が歩く周辺をザサーザサーと枯れ葉を蹴り上げながら行く。どちらも散歩を楽しんでいる、というよりも、決められたことを決められたとおりにやっている、というように規則正しくカサカサと音を立て、ザサーザサーと蹴り上げる。

少年の母親は近くの駐車場にドイツ車のSUVに乗ったまま、少年が帰ってくるのを待っている。「一緒に行こうよ」と少年は毎回誘うのだが、「飼いたいと言ったのはあなたでしょ」と母親は車を降りようともしない。犬はビーグルと呼ばれる犬種で、とぼけた顔をしながらなかなかに精悍な体つきで、人間でいうなら成人したばかりの男子のような生命力を見せつけている。

都心の小学校なら三つくらいは入りそうな広大な敷地をその公園は持っている。しかし、子どもだけを楽しませるような遊具は敷地の片隅に追いやられていて、そのことが公園を真摯で健全なものにしていた。誰かから叱られそうな凜とした雰囲気が公園のそこかしこから感じられ、犬の散歩にきた人たちも決して糞を放置したりはしない。

だが、少年はそんな公園の雰囲気に違和感を持っていた。なんと説明していいのか少年にはわからなかった。ときどき目を見開くように振り返り、少年を見つめるビーグルも少年と同じように感じているらしかったが、彼が何に違和感を持っているのかは少年にはわからなかった。

「ちゃんと説明しなさい」が母親の口癖だったが、それはつまり「説明できないなら黙っていろ」ということだと少年は思い、知らず知らず無口になってしまった。「あんなによく笑う子だったのに」と母親に悲しそうな顔をされるとどうしていいのかわからなかった。

イチョウの葉っぱをザサーザサーと蹴り上げながら歩いていると自分が子どもじみて思え、カサカサ音を立てながら歩くビーグルが大人に見えた。そう思った瞬間、ビーグルはカサカサという足を止め、少年を振り返った。目を見開くように少年を見ると、NHKの日本語教室のように「あの公園が嫌いだ」と明瞭に声に出した。そして、再び前を見るとカサカサと音を立てて歩き始めた。少年はビーグルの波打つ背中を見ながら、「あの公園が嫌いだ」と復唱した。