万博インドネシア館

冨岡三智

先月に万博が終了した。私もインドネシアのナショナルデー(5/27)とスカル・タンジュン・ダンス・カンパニーの公演(11/3~5)の際にスタッフパスをもらって入り、インドネシア館を見ることができた。というわけで、今回はその話。パビリオンにはインドネシアが見てもらいたい国のイメージが詰まっている。

パビリオンは船の形をしている。これはピニシと呼ばれるスラウェシ島ブギス族の伝統的な木造帆船を連想させる形だ。ちなみにピニシは2017年にユネスコの無形文化遺産に登録されている。正面のアウトドアステージには「喜びの動き」と名付けられ、毎週のようにインドネシアから舞踊グループがやってきて、時には日本国内で活躍するインドネシア芸能の団体がやってきて公演する。パビリオン入口のIndonesiaの文字が打ち出された壁には、インドネシア各地の様々な仮面が、彩色前のまだ白木の状態で多数展示されている。

パビリオンの中に入ってすぐの吹き抜け空間には熱帯雨林の森が再現されている。ここは「自然:野生の豊かさに身を委ねて」と名付けられている。植物はすべてインドネシアから運ばれた本物で、湿度も現地の条件を再現しているそうだ。森の中にはジャワ豹やらバリ・ミナ(ムクドリの一種らしい)やら極楽鳥やらオランウータンやらの希少動物をかたどった造形美術品が配されている。インドネシアは「多様性の中の統一」をスローガンにしているけれど、その多様性を希少なものを多く含む多様な自然・生物の多様性として表現するというのは最近(2000年代頃以降?)のことのように思う。実は、インドネシアからは以下の4件がユネスコの世界自然遺産に登録されている(カッコ内は登録年):ウジュン・クロン国立公園、コモド国立公園(1991年)、パプアにあるロレンツ国立公園(1999年)、スマトラの熱帯雨林遺産(2004年)。というわけで、熱帯雨林の森というのはまさにインドネシアの顔なのである。

その次は「没入体験:ヌサンタラの冒険」とある円形の空間で、暗い中、360度のスクリーンにマングローブ林や滝や海底などのインドネシアのダイナミックな自然空間の映像が投影される。いま列記したのは自分が写真を撮って確認できるものだけだが、もしかするとこれらの自然の映像は上述した国立公園の映像なのではないだろうか…と(自信はないが)感じる。ここではまさに足元が浮いて宇宙空間に放り出されたような没入体験を味わえる。

そこからゆるやかならせんスロープを通って2階へ上がる。この回廊は「文化・遺産を守る」と呼ばれるギャラリースペースで、黒い壁に多様な種族、年齢の無名の人々の白黒ポートレートが両側に並ぶ。何の説明もなく静かな空間だが印象に残る。回廊は続くが、今度はクリスなどインドネシア各地のさまざまな種類の剣が展示されている。美術館規模の展示と言って良いくらいだ。ちなみに、クリスも2005年にユネスコの無形文化遺産に登録されている。

いつの間にか回廊を抜けて2階に到達すると、眼下に先ほどの熱帯雨林が広がる。私がカリマンタン島で見た森の中の家は高床式で、こんな風に森が見えたなあ…と思い出す。その森を取り囲むように壁沿いに空中デッキがあり、剣の展示も続く。壁の半分はガラス窓で、ここから光が入るため森は1階で見たときよりも明るい。このガラス窓がパビリオン正面に見える部分で、ここから目の前に大屋根リングが見えると同時に、眼下にアウトドアステージが見られる。

森の上空を1周して、再びクローズドの青暗い円形空間に入る。「未来:知恵のレガシ」と銘打たれた空間の中央にインドネシアの新首都:ヌサンタラのジオラマがドーンと広がり、やはり周囲の360度スクリーンにインドネシアのさまざまな言語やそれに対応する日本語で「ビンネカ・トゥガル・イカ(多様性の中の統一)」などのスローガンが映し出される。

そこを出ると「伝統織物:色彩の海を航行する」空間に出る。インドネシア各地の織物が、手に取れるような形で展示されている。あえてジャワ以外の、まだあまり知られていない地域の織物を出しているように見えた。色も淡く繊細な文様が多く、日本人の嗜好にあったものをあえて選んで出品しているように思えた。

最後はシアター。ここではガリン・ヌグロホの映像が上演される。5月に入った時はバリのワヤンをテーマにした映像だったが、10月に見たときはジャワのジョグジャカルタの王宮などの映像だった。何種類か用意されていたのだろうか。シアターを出て出口に向かう狭い回廊にはワヤン人形やワヤン絵画が展示されている。ワヤンも2003年にユネスコの無形文化遺産に登録されている。実は現在のインドネシアの文化大臣はワヤンやクリス(剣)、仮面のコレクターなので、これらが展示されたのには大臣の意向も反映されているのかもしれない。