堺公演でのスリンピ完全版上演によせて

冨岡三智

2021年度に引き続き2022年度(2023年3月)も堺市で公演をすることになり、いま追い込み中である。また、3月の公演にタイミングを合わせて2021年公演の公演映像をyoutubeで無料公開した。というわけで、今回はその両者の宣伝も兼ねての記事。

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どちらの公演も、第2部の演目はスリンピの完全版1曲のみ。これで大体50分である。前回は「スリンピ・ロボン」、今回は「スリンピ・スカルセ」を上演する。私は実はスラカルタ宮廷舞踊全曲(ブドヨ2曲、スリンピ10曲)を完全版で上演したいという野望を密かに持っている。この3月の公演で、ブドヨ1曲、スリンピ5曲…やっと半分だ。もっとも、スカルセは2011年にジャカルタのGelar社が記録映像を製作した時に私が指導して踊っているし、2012年には豪華客船「ぱしふぃっく・びいなす」号の船上で上演したから、実は3月で3回目。しかし、前の2回は録音を使用したので、生演奏で上演するのは今度が初めてになる。

スラカルタでは1970年に宮廷舞踊が一般に解禁されて以来、短縮版が作られてきた。宮廷舞踊はだいたい約1時間かかるので、それを1/4(約15分)か1/2(約30分)に短縮する。けれど、短縮するとどうしても辻褄が合いにくいところが出てくる。また、他人の手になる短縮版だと、その手法に賛同できない場合がある。というわけで、振付として納得できる完全版をきちんと上演したいと思うのだ。また、1時間かけて踊ることによって得られる没入の感覚というか三昧の境地は15分や30分の上演からは得られるものではない。ほとんど完全版で上演する人がいないからこそ、私は完全版で上演し続けたいなと思っている。

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3月に上演する「スリンピ・スカルセ」は私がジョコ女史から初めて習った完全版の宮廷舞踊曲で、思い入れが深い。ペロッグ音階ヌム調の音楽は瞑想的で、これを聞くと一気に雨季の夕方にレッスンをしていた頃の自分を思い出す。この曲にはレイエという動きが多い。レイエは辞書によると「(建物が)崩壊する」という意味で、倒壊していくように上体を折り、再び反対側に揺れ戻るような動きだ。大きな波のような動きにも見える。この曲には多く、またレイエではないが似たような動きも多いから、集中していないと動きが分からなくなることがある。私がスリンピに使われる動きで一番好きなのがこのレイエで、こんな動きを昔の宮廷人はなぜ思いついたのだろうか…と不思議に感じる。

「スカルセ」特有の部分はシルップにある。シルップは2人ずつ組になって戦う場面の後、負けた方が座る場面のこと。火山が鎮火している状態をシルップと言うように、音楽の音量も静かになる。このシルップの場面で、勝った方が衛星のように回転しながら負けた方の周囲を巡るのが美しい。ジョコ女史は自身が振り付けた「クスモ・アジ」という舞踊の中で、コモジョヨとコモラティという男女の神が廻るシーンでこの動きを使っていたし、スリスティヨ・ティルトクスモ氏の作品「キロノ・ラティ」でも、シルップのシーンで使われている。また、スラカルタ王家のムルティア王女が、父王パク・ブウォノXII世の80歳の記念式典のために振り付け、9人の王女で上演したブドヨ作品にも取り入れられている。実は、古典曲の中で魅力的な動きほど新作で使われることが多く、「スカルセ」のシルップ場面はそれくらい魅力的なので、実際に見ていただけたらなあ…と思っている。というわけで、堺までどうぞご来場ください!

●2023年3月11日、フェニーチェ堺・小ホール
『幻視 in 堺ー南海からの贈り物ー』公演
第1幕:
 音楽「夜霧の私」(山崎晃男作曲): 静かな音がジャワへといざなう…
 音楽「ババル・ラヤル」: 青銅打楽器の音色が力強く響く宮廷儀礼の曲
 音楽「ガドゥン・ムラティ」: 柔らかい音色の楽器と歌から成る霊力のある曲
 ※ スラカルタ王家の儀礼映像(Dr.IGP Wiranegara,M.Sn)の上映と共に
第2幕:
 宮廷舞踊「スリンピ・スカルセ」完全版

詳細➡ http://javanesedance.blog69.fc2.com/blog-entry-1095.html 

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●2021年10月23日、堺能楽会館 
『幻視 in 堺 ―能舞台に舞うジャワの夢―』公演

映像記録➡ https://www.youtube.com/watch?v=1Q4kTQbxwVE