布石の8月

冨岡三智

今またインドネシアに来ている。9月3〜8日に島根(+9月2日に大阪)で行う「島根・インドネシア 現代に生きる伝統芸能の交流」の準備をソロ(スラカルタ)市で行うためと、8月7日〜9日にスマトラ島のプカンバル市で行われる現代舞踊見本市PASTAKOMに出演するためというのが主目的だ。

  ***

島根で行うイベントにはソロから計5名を招聘するのだが、内訳は舞踊家2人、ワヤン・ベベル画家1人、マタヤという芸術イベントのプロデュースをしている団体の代表とスタッフ兼ライターの2名である。普通は舞踊家だけ招聘して日本で公演ということになるのだが、今回については、実は島根のパサール満月海岸(島根の受入団体)とマタヤの交流をさせたいというのが先にあった。先月、パサール満月海岸で私がワークショップや神楽囃子との手合わせをしたのも(水牛7月号に書いています)、その下見と打ち合わせを兼ねていた。

マタヤはソロ(スラカルタ)でいろんなイベントを主催している。私は設立時から知っていて、当初は「ソロ・ダンス・フェスティバル」と「女性コレオグラファーの出会い」というフェスティバルを隔年で交互に実施していただけだったが、現在はそれに加えてソロ市内の歴史的な建物や人々が集まる市場や大通りなど、劇場以外の場に出て行って、一般の人々に芸術が根づくようにと活動している。私自身がマタヤの活動を長く見てきたり、実際に自分の公演時にいろいろとアドバイスしてもらったりした経験から、マタヤに日本で、劇場以外の場で行われている芸術活動の状況を見てもらいたいなあと思っていた。彼らなら、島根行きの経験を今後の自分たちの活動に生かしてくれるだろう、と期待している。

島根には私が12年前にジャワで知り合った染色家の友人がいて、いろんな職人友達と一緒にパサール満月海岸という場と団体を作って、島根とアジアの伝統芸能・伝統工芸をリンクさせようとしている。友人は島根に根を下ろして以来、神楽とアジアの芸能のコラボレーションをやりたいという思いを持って、少しずつ地盤を固めてきていたのだ。島根でやるのは、この人が島根にいるから、なのである。こういう個人的な結びつきがないとコラボレーションは絶対うまくいかない、と私は確信している。今年、島根県の他の会場で、現代舞踊の催しの一環として神楽とのワークショップもあったらしいのだが、「やったというだけ」だと聞いた。アレンジした劇場も、やってきた現代舞踊家も神楽の方も、互いに思い入れもなければ地盤固めもなかったのだろう。

ソロに着いてすぐ皆と打ち合わせをして、やっとエンジン始動という感じだ。それまでは、いろいろと私の方から話を伝えていても、島根という場所のイメージも神楽のイメージも皆には今ひとつピンときていなかった。私の方から郵送していた神楽のDVDが届いていなかったということもある。私が島根の風景写真を見せて、6月にやった私のワークショップ(神楽の人たちが参加している)のビデオを見せて、ヤマタノオロチのDVDを見せながらいろんな話をしたことで、一気にやる気に弾みがついた。いくら良く知っている人たちだといっても、メールや電話だけではなかなかイメージが通じない。やっぱり直接プレゼンすることは大事だ。

そして思った通り、場所がものすごく田舎であること(島根の人には悪いけれど)、上演の場が神社であること、神楽自体の面白さ、そしてインドネシアとつながる人が島根にいることに魅力を感じてくれた。実際、踊り手の1人はその島根の友人と古い知り合いだったらしい。いまやインドネシアでも各州に劇場がある時代(劇場のつくりの雑さは置いておくとして)、ハコモノがあるというだけでは心が動かされないのだ。それに私の乏しい経験では、日本の田舎に惹かれるジャワ人が意外に多い。日本人が東南アジアに旅行して、日本のルーツがここにあると感じるように、ジャワの人たちも案外、自分たちの文化ルーツがここ日本にもあると感じるのかも知れない。

ついでに言うと、島根に行く前、というか日本に到着したその日に、大阪の高津宮(高津神社)でもお祓いをしてもらって奉納上演し、ワークショップをすることになっている。ここには古い大阪ののんびりした風情が残っている。島根とはまた雰囲気の異なる神社を体験してもらえたらと思っている。

  ***

この島根行きの準備と並行して、今はプカンバル行きの準備でも忙しい。私は3年前にも招待されていて(水牛の2005年10、11月号に書いています)、その時は1人で踊ったので、今回は大阪で活動している藤原理恵子さんとデュエットすることにしている。5年前に関西の現代舞踊の催しで出会って、初めて見たときからなんとなく惹かれていた。自分とは全く異なるエネルギーが流れている人だなあと思っていた。いつか一緒にできたらと一方的に思っていて、今回やっと実現することになる。

思えば島根の件にしろ藤原さんの件にしろ、どちらも出会ってから長い時間が経っている。私のペースも大概トロいのであるが、機が熟すにはそれなりに時間もかかる。そしてこの8月、9月の活動が今後の自分の活動の布石になっていきますように。5年後、10年後に芽が出ますように。