きみのいない岬の街で

くぼたのぞみ

風の強い日曜日に
ケープタウンの宿でクッツェーを読む
どんより曇った空に
灰色のカーテンがかかって
テーブルマウンテンは見えない
うなりをあげる風の音が
大勢のゴーストたちの気配を運んでくる
ゴーストのひとりは
わたしが追いかけてここまでやってきた
六十年前のジョンの空蝉

昨日は国道一号線を
内陸の町ヴスターまで走った
リユニオン・パークとは
公園ではなく地区の名と知る
少年が八歳から十二歳ころまで住んだ
「リユニオン・パークのポプラ・アヴェニュー十二番」
と標識のある家は
規格品のように同一、ではない
建て直されたのだろう、たぶん
「当時は樹木もなかったし舗装もされていなかった」
と七十一歳の作家はいう
でも家の正面から見える山並みは
六十年前と変わっていない、たぶん

ヴスター駅ちかくのユーカリの並木道は
bleakと作家が書いた場所だ
初夏の強い日差しをあびながら
どこか見捨てられた、荒涼とした並木道
人の気配もない
黄土色の土は乾いて、分厚くつもり
踏みしめる靴が沈む
土埃の町はそれでも
側溝を残す古いたたずまいを見せて
掲示板はすべて
Re-unie Park, Populier Avenue
とアフリカーンス語で英語はない
さらに内陸へ向かうと遠く山肌に 
Touwsrivier
と白い石をならべた文字が浮かぶ
タウスラフィール、カルーの入り口
フェルトには低木、灌木、ぱらぱらと広がり
針金の向こうに羊と赤土が透かしみえる

 愛するものから自分を切り離して自由になる
 そしてその傷が癒えるのを待つ
 このカルーだけでなく 愛についても

翌朝、起きてまずブラインドを一気にあげる
今日のテーブルマウンテンは
雲ひとつない空に
まったいらな頭をひろげている
右手の窓枠に書割りのようにおさまる
「ライオンの尻」をながめながら
お茶をのみ、ぼんやりする
I hope you are enjoying your visit to South Africa.
というメールに
Yes, I am enjoying it very much.
と型通りの返事を出す
ぽつぽつと樹木が生えるシグナルヒルの斜面を
ポケットにカボチャの種を入れて
マイケル・Kはのぼっていった
夜半ポケットから抜き取られて
あたりに散らばった種は
かきあつめてもわずかしかなかった

紙面からつぶてのように蒔かれた種が
日本語訳者の個体のなかで発芽し
歳月をへて蔓を伸ばし
見えない糸をなびかせながら
ゴーストとなって
岬の街を駆け抜けていった