ヒマラヤ

璃葉

とあるきっかけで、5月中旬に大田区池上本門寺旧参道にオープンした“SANDO BY WEMON PROJECTS(さんど・ばい・ゑもん・ぷろじぇくつ)”というスペースで手伝いをしている。一人の建築家とアーティストユニットによってつくられたこの空間は、コーヒーショップ、喫茶、ふらりと立ち寄って一杯飲むためのパブとして使える、ゆるい時間が流れる風通しのよい場所だ。イベントの企画や独自のメニューを作る傍ら、カウンターの中でコーヒーやラテを温め、ときにはウイスキーのソーダ割りをつくりながら、来てくれた人たちや働いているみんなと話す。店のつくりもメニューの内容も、どこか未完成のような雰囲気が漂っているのは、最初から型にはめず決めつけず、日々変化しながら植物のようにニョロニョロ根を張って、徐々につくられていく空間だからなのだと、勝手に解釈している。

お店の営業が終わったあと、みんなで近所を徘徊し、ご飯を食べるときがある。池上は静かな街だけれど、とにかく個性的ですばらしいお店がひっそりと隠れている。そしてついに、毎日通いたいぐらい最高のお店を見つけてしまった(現に3日連続で通った)。ネパール薬膳家庭料理屋「ヒマラヤ」だ。

その小さな空間に初めて足を踏み入れたとき、日本とは思えないただならぬ空気と漢方みたいなスパイスの香りに、とんでもないところ(もちろんとても良い意味で)に来てしまったと感じたのを今でも覚えている。

お店を仕切っているヘマさんはネパールの山間部出身。元気いっぱいで、いつもツヤツヤの笑顔で出迎えてくれるのがうれしい。彼女しか作ることのできないオリジナルレシピにはたくさんの野菜と、厳選したネパールの蜂蜜や塩、ギー、貴重なスパイスがふんだんに使われている。油はほとんど使用していないらしく、とくに数十種類のスパイスとたっぷりの野菜を煮込んだカレーの味はしっかり濃いのに、とても優しい。この味をなんと表現したらいいのかわからないぐらい、何層もの深みがある。

食べ終わるころには身体のなかにある車輪が鮮やかな色になってまわりはじめ、中心から末端にかけて、芯からあたたまっていく。

地方からこの味を求めてやってくるお客さんがたくさんいるそうだが、それを手軽に食べられるこの状況は、陳腐な言い方だけれど、もはや運命としか言いようがない。一緒に食べているみんなの顔もすっかり幸福感に包まれて、とろけそうになっていた。池上との縁は深くなりそうだ。