歩けないきみが

管啓次郎

歩けないきみが歩くことを決意して
まず心で歩き出す
話せないきみが話すことを決意して
まず心で声を出す
きみの筋肉はすべて麻痺し
呼吸も人工呼吸器に頼るしかない
食べることがむずかしいので
胃に直接、流動食を流し込む
それで生きてゆく
溌剌と生きている
まばたきはする
笑顔は作れない
歯を嚙むわずかな力を使って
コンピュータに文字をしめさせる
でも心はいつもフル回転
生きることの意味を問いながら
日々の暮らしを戦いながら
奪われた者たちに無言で呼びかけるのだ
生きることを権利として試みようと
歩けないきみの体が魔法のじゅうたんに乗って
議会へと飛んでゆく
話せないきみの声が鳥の群れとなって
声なき人々に戦いを呼びかける
社会が強いるあらゆる障壁を
乗り越える意志がまたたく
きみの道はまるで流星の道
しずかな銀色の細くてたしかな線が
荒れはてた首都に別の風景を作り出す
大きくカーヴした時間の先に
別の未来を作り出す
歩けないきみが歩き出すとき
話せないきみが声をあげるとき
世界が変わる

【ダブ・ポエトリーとしてハミングバード制作のトラックに載せ、2019年7月27日、カフェ・ラバンデリアにて初演。】