冬のほしぞら

璃葉

ことしは星座の観察をするために、しばしば街のそとへ出かけたが、ほんとうにうつくしい星空をみつけるのは、とてもむずかしいことなのだとあらためて実感する。

星空の観察に見合う場所。
それは、電灯や街の光がとどかず、空気が澄みきっていて、建物や木々が密集していない、空ぜんたいが見わたせるひらけた地。
意外とあるのでは、とおもうかもしれない。ところが、東京から気軽に足をのばしてそんな場所をみつけるのは、とてもたいへんなことなのだ。東京の街の光は、栃木県の山奥の夜空にまでとどく。山にかくされていると気づかないけれど、原っぱに出ると、低空あたりがオレンジ色にぼんやりと、不気味に光っている。
さらに、さいきん山の道や集落には、LED電球の外灯が立っているところが多い。
星をみて、さらに撮影するひとからすると、この刺すような光がいちばん厄介らしいのだった。撮影するときだけ電灯にダンボールなどをかぶせたりすればいいのだけれど、それもいろいろと難儀だから、やっぱりよい場所をさがすしかない。

夜空のなかでみつけるたびに気になってスケッチしているくじら座には、約332日の周期で明るさを変える脈動変光星ミラがある。いまはまだ真っ暗だけれど、そろそろ光りはじめるころなので、それもふくめてながめるのがたのしい。
くじら座は、ギリシャ神話のなかではアンドロメダ姫をさらう化け物として登場する。メドゥーサの首を突きつけられ石にされてしまい、そのまま空に迎えられ、星座になったという。低空に位置するうえに、ミラが暗いと目立たない星座なので、さえぎるものが多い街のなかや、明るい場所ではあまりみることができない。
いっそのこと、沖縄の離島に行ってしまおうか、と妄想するなか、ことしさいごの観察にでかけた。12月の新月の日。福島の、とある村に着く。山から雪が飛んできていて、霧が立ち込めている。
空は晴れていて、宝石のような星が散らばっている。天の川も、オリオン大星雲も、そして、くじら座もくっきりみえる。膝下まで積もるふかふかの雪のなかを、紙とペンを持って歩きまわる。自分の足音以外は、とても静かだ。星は、音が鳴りそうなくらい瞬いていた。たまに凍りつくような風が吹いてくるたびに、寒さで涙がでる。

星々はゆっくりと移動し、つよくかがやく金星が山の向こうに沈んでいく。
あしたもまたあらわれる金星を、わたしはどこでむかえるだろうか。
くじら座とそのまわりの星座を描き出しながら、想像する。

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