ジャワ神秘主義と卵

冨岡三智

明けましておめでとうございます。今年の酉年にちなんでニワトリ関係の話を1つ…ということで、卵の話。

タイトルにあるジャワ神秘主義というのは、ジャワ島に見られる土着信仰で、瞑想修行や霊力のある物(剣や石など)の収集などを通して超常力を身につけようとするものだ。私は実はジャワで霊的な力を持つ人に見てもらったことがあり、その際に卵を使うのである。

私が出会ったジャワ神秘主義指導者(以下、老師)は、ある舞踊家(以下、A氏)がその方面で師事する人だった。10年ほど前、A氏は自分の舞踊公演に老師を呼び、公演後に私にも紹介してくれた。当時、私には深刻な悩みはなかったが、この種の人たちがどうやって「見る」のかにずっと興味があったので、今度ある助成金に応募するのでアドバイスしてほしいという相談を持ちかけた。

その夜、老師はこれから水浴しようと言い出し、ソロかジョグジャ辺りの郊外のどこか分からない聖水の水源地へと私は連れていかれた。王宮関係の場所のようだ。かなり広い敷地で、門の中には満々と水をたたえたプールのようなものがあり、月明かりに照らされている。他に人はいない。老師と共に私はそこで水浴びをした。

それから私の家に向かう。老師に言われて、私は途中で開いている市場で生卵を1個買った。余談だが、これは2005年夏の出来事だった。卵の値段が高すぎると私が店の人に文句を言うと、「実はねえ、最近この村で鶏がバタバタ死んでしまって、いま卵はなかなか手に入らないのよ〜」という会話を交わしたのだ。2005年12月になってインドネシアで鳥インフルエンザの死者が出たと発表があったので、それより何か月も前から地方の鳥の間では流行していたことになる。

閑話休題。私の家に着くと、薄暗い電気の明かりの下、私と老師は差し向かいで床に座った。老師は祈りの言葉を口にしたあと慎重にその卵の先を爪で欠いていく。中から石が出てきた。ジャワの男性がはめている指輪に載っている石くらいの大きさだ。ジャワ人でも懐疑的な人は、薄暗い中でやるのがミソで、指の間に隠していた石をさも卵から出てきたように見せるのだと言うのだが、それでも目の前の光景に仕掛けがあるようには見えなかった。老師は、それをお守りにして絶えず身につけていなさいと言う。もし老師の力を呼ぶ必要があれば、石を右手(確か)に載せて祈りなさい、私に通じるから、とも言う。そして、私の相談ごとだが、私の書類にはまだ不備が多いのでもう一度初めから書き直しなさいと言う。もう少し詳しいアドバイスがあったがそれは秘密。ともかく、そのお陰だったかどうか知らないが、私は無事に助成金を獲得した。

私が老師にもらった石は緑色だった。私たちにずっと同行してくれたA氏の甥が後日語ったところによると、緑色の石はランクが高い、これが出てくるのは珍しいと羨ましがられた。彼も老師に何度か見てもらっているが、茶色い石ばかり出てくるそうだ。もらう人(私)のランクによるのか(笑)、相談内容によるのか、老師の手持ちが偶然緑色の石しかなかったのかは分からないが、この石を指輪にして身につけるのが良いらしい。私は指輪には加工せず、紙に包んで財布の中に入れていた。ところが、この石は私が助成金を得てインドネシアに再び戻った(2006年8月)早々に忽然と消えてしまった。このことをジャワ神秘主義に通じた人に話すと、石には「意志」があり、その使命を果たすと消えるのだと慰められた。