寄席

璃葉

夜明けの部屋は冷たくて、青い。
稀に明け方に目が覚めることがある。夜型生活がなかなか治らない私にしては、珍しいことだ。目玉をうごかして部屋を見渡せば、静かすぎる音が聞こえる。本も、食器も、紙の束もたしかに眠っている。
布団から出ている自分の顔半分、髪の毛が冷たい。予報によれば、今日はとびきり寒い日らしい。そのせいか、布団のなかは最高に心地良い。…なんとも出がたい。イモムシみたいに布団の中をうぞうぞするのも楽しいが、すぐに飽きたので起きることにした。

起き抜けに大事な用事を思い出す。ふだんからお世話になっている噺家さんがトリを務める寄席、今日が千秋楽なのだった。友人を誘って、昼間の新宿へ出かける。
ちいさな窓口でチケットを買って木造の演芸場に入場すると、座る席はほとんどないぐらい、人で埋まっている。舞台では奇術師がなにやら紐をいじっていて、お客がそれを見守っている。そんな中で席を探すのに少し戸惑いながらも、二階の窓際に無事座ることができ、安心する。一番奥の高い場所から見下ろすと、座敷席ではお弁当をむしゃむしゃ食べる人もいれば、途中で出て行って戻らない人、くてっと背もたれに寄りかかって半目の人、ぐっすり眠っている人も見えて、みなさん大いにくつろいでいた。
演者は全員おもしろおかしくて、とくに落語はちょっとぐらい声が聞き取れなくても、仕草を見ているだけで本当にたのしい。扇子の使い方、姿勢、表情、飄々として、凛としている。ただそれを見ているだけで、寒さで固まっていた体はほぐれていくし、フフフと笑いが漏れる。ひさしぶりに、陽気な空間というものを味わった。動画や音声だけでは絶対に味わえない、お客と演者でしかつくれない、ほんわかとしたまるい空間だ。自慢にもならないが、私はふだんから会話のなかでよく笑う。でも率先して笑いに出かけることはあまりなかった。笑うためにふらっと寄席にいく、これはとても素敵なことだ。

たくさん笑ったあとはなんだか身体がほかほかして、友人と私の間に暖かい空気がくるくる渦巻いていた。もはや寒さは気にならず、まだ明るく爽やかな空の下、愉快な気分で居酒屋へと向かったのだった。