病人生活

璃葉

ずいぶん息苦しい場所をさまよっていた。充分な酸素を得られず、ここがどこなのかもわからない…。宇宙のような、海のような感覚をただ泳ぎ続ける。

これが夢なのだと気付いて、じわじわと目を開く。部屋は真っ暗で、カーテン代わりにしている布の隙間からほんのり青い光が漏れていた。明け方なのか暮れ時なのかがわからず、一瞬戸惑う。
外では風が強く吹いているようだった。台風が去っていった後の朝だ。

ひどい風邪の原因は思い当たる。友人宅で夜通し酒を酌み交わし、そのまま泊まり翌日、二日酔いのまま嵐のなか選挙の投票に行き、自宅にもどって雨に濡れた格好でしばらく過ごしていた(部屋はとても寒かった)あの日。
布団をかぶりながら自分の馬鹿さを思い出しては、唸ってしまう。気付かないうちに、弱った体にすかさず風邪菌様が住み着いたのだ。憎らしい。

久しぶりの病人生活はすぐに飽きた。8割は寝て、目が覚めれば映画を見たり、読み途中の本を手にとってみたりする。最初は意外と楽しかったが、やっぱりつらい。わたしがいまできることは、死んだ魚のように横たわるだけだ。日差しが東から入り、西へ消えていっても、わたしは何も変わらずそこで眠るだけなのだ。

その後、台風はまたやってきた。光がほんの少ししか部屋に届かないので、昼間から白熱灯をつける羽目に。
布団に包まれ、窓硝子にバチバチと音を立てて当たる雨粒をずっと聞いていた。時々起き上がっては、やかんで温めた白湯をひたすら飲んだ。このまま焼酎で割ってやろうと酒瓶に手を伸ばすが、これ以上ヘマをしたくないので既のところで止める。
風邪は高熱でわたしを苦しめた後、咳だけを残していった。その咳がさらにわたしを苦しめるので、本当に泣きそうになる。
「咳やのどには絶対に蜂蜜」と友人に言われたことを思い出した。そういえば、幼い頃風邪をひいたときも、よく舐めた気がする。

明け方、むくりと起き上がり、灯りもつけないままキッチンを物色し、瓶にたっぷり入った「りんごはちみつ」を手にとる。
スプーンたっぷり一杯すくった蜂蜜を湯のみに入れ、お湯を注ぐと、ほの暗い部屋の中に甘い湯気が立ち昇る。
外では風はまだ強く吹いていたが、空は晴れている。昨日の嵐で、桜の葉はすっかり散っていた。
枝に残された葉はまさに蜂蜜の色そのもので、朝日に照らされ輝いていた。