真夏のひととき

璃葉

自宅だとまったく仕事に集中できない日がある。そんな話を何気なく仕事仲間兼友人にメールしたら、「だったら、うちで仕事してみる?」と誘われる。
その日は人を殺しそうな暑さも少し和らぎ、涼しい風が吹いていた。電車で1時間もかからない場所に住んでいる友人のことばに甘えて、ノートパソコン、筆記用具、原稿などの仕事道具を一式持って出かける。

友人−−−彼女とは数年前、仕事先で出会った。一緒に本をつくる作業をするうちに打ち解けていき、何時しかとても信頼できる、数少ない友人になっていた。
お酒を呑むことが大好き(重要)で、どんなに遅い時間に仕事が終わっても、かならずお酒を美味しく呑んでから眠る。たまにソファでそのまま眠りこけてしまうことも多いらしいから、少し心配ではあるけれど。

校正という仕事を、彼女は非常に真面目に、細やかにする。赤い文字をすらすらと、きっちり原稿にのせていく。紙を扱う作業を毎日しているひとは、紙の扱いがとてもうまい。紙の束が手に吸い付いついているような、めくる動作ひとつさえも綺麗で、少し変態めいているかもしれないが、わたしはこの日、それを見たくて彼女の家に足を運んだのかもしれない。

大きめの木のテーブルで、各自作業をする。たまに一息ついて、仕事を絡めた近況をポツポツと話し、そのうちお互い作業に集中して自然と無言になり、あっという間に時間が流れていく。

日が暮れていくにつれて、部屋がじわじわ薄暗くなる。窓から見える空は広い。住宅街の屋根、公園の木々と、電線。遠くに走る電車がまるでおもちゃのよう。二人で窓から顔をだして、薄ピンクに染まる空と、南東から昇ってきた月をしばし眺める。今日は空気が綺麗だから月がよく見えるね、火星、近くなってきてるね、とか言いながら。
小さな白熱灯をつけて、さて、そろそろ麦酒で乾杯でもするか、ということになり、散らばった紙を片付ける。もはやこの麦酒のためにこの会を開いたということは、言うまでもない。