158立詩(6)いがいが

藤井貞和

ちいさな子を「みる」(みるちゃん)と呼ぶような、
語があったのでしょうか、「みるこ」という名もあります。
「みる」を海松(うみまつ)と書くので、海中に生える松とは、
明石の浦で産まれたあなたの赤ちゃんです。 あやめの節句に、
五十日めの赤ちゃんは、もう物語(おしゃべり)するのね、
お見知りも、聞き分けも、もののあやめ(分別)も。
「海松(うみまつ)や。時ぞ ともなき陰(かげ)にゐて、
何のあやめも いかに分くらむ」、みるこの歌です。
海に生える松(姫君)よ、変わる時のない、あなたの庇護下にあって、
菖蒲(あやめ)ではないが、五十日(いか)の日に、
いかにものの分別(あやめ)ができるようになっていることでしょう。

(「いか」〈五十日〉の祝福は「いかに」〈どのように〉をかけてある詩の技法ですが、「いがいが」〈あかちゃんの泣き声〉もかかっているという説を以前に見たことがあります。ああそうか、おぎゃーおぎゃーに同じだと気づきました。いがいが、言語の発生ですね。この世のはじめてのことばであなたに何をうったえているのですか、赤ちゃん。『源氏物語』澪標〈みをつくし〉より。)