130 玉纏(たまま)きの巻1 遺す言葉

藤井貞和

言葉があればよい、とそう思ったかもしれない。
もし言葉がありさえするならば。 
石は小さくなる、言葉の石。
のこるということ。 だれかがいなくなる。
置いてあるの? たぶん、祈っていたのは半分の真実で、
ぼくは殺意をえらぶ? 自分への。 ぼくら?
湖が光るのも、化石の試掘も、
峠でだんだんうすくなる葉脈のなかみも血。
退(の)くかげよ。 言ったとたんに、
どうしていなくなる? ぼくらの祭器。
祈ったあとの、欠けらはこなごなで、
それもたぶん複個の声のあとで、
書き言葉が遺る。 失血の数時間、そこが墓です。
きみの双つか三つの言葉。 湖よさよなら。
きっと遺される、きみの祈りの石。

(「のこる」と「のく」とは同語源だと辞書に書いてあったので。一人と独りとはおなじ語(それはだれでも分かる)。で、ひとり退き、またひとり退き、たった独り遺されても、ぼくは、わたしはどうする? そう思うひとりひとり、ひとりひとり。ちなみに無関係ながら、『万葉集』や『源氏物語』に出てくる〈夢〉は「夢魔」です。当時、「ゆめみちゃう」〈あこがれる〉みたいな用法はありませんでした。残像はすべて証しであり、たったひとりの体験なのです。行路に浮遊する亡霊のたぐい、恋する証し。)