190 徳(というような詩題)

藤井貞和

孔子、あいするわれわれの論客に、
わきを通り過ぎゆく隠士が、
屍体の歌を投げつける。
「鳳(おおとり)さん、鳳よ、
おまえの徳はどうしてだめになったの?
過ぎ去ったことを言うのは、よしな。
これからどうするか、考えてみな。
おやめ、おやめ、政(まつりごと)に手を出すのは。
あぶない、あぶない、天(あま)の橋だ」。
歌いながら暮れる天下に、
佇ちつくした魯の人もまた屍体となるか。


〔田を鋤いていた桀溺に、子路が尋ねる、「渡し場はどこでしょうか」。「あんたはだれかね」と桀溺。「仲由という者です」「ああ、魯の孔丘のご一家かな。およし、およし、ひたひたと洪水が押し寄せるように、天下は一面にこんなになってしまった。あんたは人を避ける先生につくより、世を避ける先生についてみたらどうかね」。子路はもどって、われわれの論客に報告する。孔子は言う、「おれが鳥獣のなかまに、なれるわけ、ないだろ。にんげんのなかまからはずれて、だれといっしょに暮らすのだ」と。桀溺は隠士の仮の名、「溺」には排泄物という意味があるんだって。『論語』微子篇より。〕