192 思想の初版――敗北

藤井貞和

あ、「アニメ作家は、昔話の妹を鬼にする。
炭焼き小五郎がやってきても、ぼくらはやられっちゃうんだ。
世界があいてでは、やだな、
負けるのはもうずっと。 先生が青鉛筆のお尻で、
ぴりりと叩いた、あれ以来の錯乱だから、
耐えられない。 教室をお別れして、
沙漠も深海も眼前にひろがっているんだ、見ろ。」
い、「きみは蚊と虎とを助ける、
臼から落ちてくる、瓜から出てくる大洪水で、
思想家になろうと、そりや努力したさ。 おかあさんは、
ぼくらを落盤のしたから救い出してくるとき、
陀羅尼と心経とをすこし唱えて、
あちらでは歌人が笑ったさ、だっておかしいんだもん。
思想なんか、おまえに似合わないよ、せいぜい、
二刷りか三刷りか、または物語かねと。」
う、「言い返してやったんだ、先生はぼくらよりも、
おかあさんよりも、殉死するのが好きだったんだと。
B29さ、援助者が青空からやってきて、
かちかちかち、火を点けてまわる。 おかあさんは、
婆汁になっておいしくいただかれる、茶室で。
納戸では下関の作家の釣り糸に、凍える帝国がいっぴき。
あ、〈白老の古博物館轢死する〉。 役割を終えて、
俳句をならべる涙の抗議もあいつらには届かない。」
え、「仏教が南インドからやってくる、きのうのはなし。
きょうは人身犠牲を廃止する、東京拘置所のはなし。
首里城を再建する(それはどうでもよいけれど)、琉球大学を呼びもどす、
平和がこの国にやってくる、〈式典に妹は鬼呼びもどす〉(無季)、
いらっしゃいな、山姥。」
お、「ははは、あいつらは山姥、
旅人馬に揺られて、手なし娘の両手を切るために(おとうさん)、
あしたは天皇賞で、ぼくらの賭け馬も旅人で、
ちょっぴり劣るちからがかわいそう、いつも負け。
いつになったら思想の初版はひらかれるの、
夢、青空に暮れなずんで時代また暮れそこなって。」

(「白老の古博物館轢死する」〈575、無季〉は以前の白老博物館が懐かしいという、それだけのこと。笑えないことが今年はありすぎて、大和にさいごの服属儀礼か。屈服させられるアイヌ学を、アニメで一服。)