234 夕暮駅

藤井貞和

JRの駅ビルで、
柱に凭れて口寄せしていると、
むらさき色のプラットフォームに、
母親が降りてくる

真っ青なかおを、
わたしのまえに俯せにして泣く。
姉はあの世に落ち着いたらば、
もういちど来たいと言っていると

人生の総仕上げを始めた矢先でした、
運がわるかったのよ、と、
あなたも駅ビルの柱に凭れて坐る

わたしの傍らにやってきてつぶやく、
だれも恨んではいないよと。
絹色の雲が舞い降りる夕暮駅
 

(一九八〇年代に九州でお会いした宗教芸能者のなかには、口寄せするらしい方もいた。山鹿良之師は口寄せしない。師は五十種近い語り物を演唱する。儀礼の一つ一つを伝承して語り物に番(つが)える。言葉がよくわからなかったので、いまになお残念である。閏月(うるうづき)は聞き返して理解できたものの、その年に「閏」があったと言うことか。友人の関根賢司が、『源氏物語』には閏月がないのではないか、と言い出して、私と議論したことがある。月がかさなるように見えるところもあるので、議論になる勘定である。でもそれは私の誤解で、正解値は太陽暦と太陰暦とのいわゆる「二元的四季観」というやつであるらしい。昨年は閏二月があったので、お月見のだんごのかずは十三個。旧八月十五夜は旧暦を守り続けるらしい。)