238 別室、別室

藤井貞和

「別室」という 作品を書いて、しばらくする と、
別室のドアを 亡霊が押して はいってくる

別室では、いたはずの あの聖牛の、
毛並みが 売りに出される

別室に つぎつぎ乗り込む、影のない
白いみこ姿にも すうっと立ちあがる背景はある

すうっと去る、別室へ。 神の獣を別室に閉じ込めて、
立ち上がる、白い みこ姿が亡霊だった と気づく

草原の坂に ドアが落ちている。 そこを通って、
別室へ続くとわかり切っており、出会いたい

でも、最初からなかった? かわいそうだな
と思う? これは 夢ではない。 ――別室である

水没する引きガラスをガラガラ引いて、
別室は静かな画面に変わる、うまく言えた と思って

きのうの別室は きょうの別室で、
あしたは もっと断片になる。 そんなこと わかり切って

きみが通過する炎道よ。 もう氷のびゃくどう(白道)である。
聖牛は 立ったまま 別室の影になる

これも夢では ないな。 別室が燃えている。
つらいな。 電力を送る事故をくりかえす

動画がまきもどす。 別室で、もう一回上映する
これがさいごでありますように

砂遊び場の信号機の火あそびの石溺れ谷、
別室の壁は囲む さいごの思想のまえ、うしろ

退路はいつもやさしい坂。 別室への
さらにやさしい思想の初版を送る

倒れた 送電線が送る鉄塔に、
よじ登って、きのうのように修理する、別室の子ども

(旧作、再稼働する別室。無関係ながら、経産省が廃炉分、自社の他原発に「建て替え」と、2024年6月16日づけ、朝刊より。)