仙台ネイティブのつぶやき(55)鳩の家は、どこ?

西大立目祥子

 庭で、真っ白な鳩が動けなくなっていたことがあった。迷い鳩に違いない。草木の中で、ほとんど歩くこともせずじっとしている。しばらくようすを見ていたのだけれど、何時間がたっても一向に飛び立つ気配はない。どこか傷めているのだろうか。日は暮れるし、このままでは猫やカラスに襲われるんじゃないか、と心配になった。
 保護しようと思ったものの、捕獲に役に立ちそうなのは洗濯カゴだけ。そうーっと近づいて上から静かにカゴをかぶせたら、あっけないほど簡単に捕まえることができた。

 家の中で観察すると、血が出ているとか翼がぶら下がっているとか、外傷はなかった。よく見ると、細いピンク色の足に、銀色の鑑札をつけている。暴れもしないので、抱いて鑑札に目を凝らすと「03-××××-××××」と刻んである。もしや東京03の電話番号ではないのか。思いきって電話をすると、中高年と思われる男性が出た。

私「もしもし、あのーどちら様でしょうか?」
男性「はぁ? どちら様ですか?」
と、おかしなあいさつのあと、「仙台からかけているのですが、庭で白い鳩が飛べなくなっていて…」というと、男性は「また、仙台でだめだったか」と話し、こう続けた。
「数日前に岩手の花巻から出発する鳩レースに出したんです。とうに東京に戻ってもいいのに、帰ってこないので心配していたんですよ。仙台上空は越えるのが難しいんです。そこでいつも何羽かが脱落しましてね」。

 純白の鳩はレース鳩だったのだ。
 岩手を下り、北上川を越え、宮城県北のおだやかな丘陵地を飛び、広大な水田地帯を順調に通過しても、仙台に入ったとたんあちこちから飛んでくる電波で鳩の頭脳は撹乱されてしまうのだろうか。でも、なぜうちの庭に? 思い当たるのは北側300メートルの近さに標高60メートルほどの緑濃い丘陵地があること、そしてうちの庭には何本か樹木が茂り小さな池があることだ。もしかすると、丘陵地の頂上に大きな3基のテレビ塔があることが障害になったのかもしれないし、そこをねぐらにする鳶に襲われたのかもしれない。不時着しようとして、上空から光る水辺が目に入ったのだろうか。

「どうしたらいいですか?」とたずねると、男性は「お手数ですが、日通の鳩便をよんで、それに乗せてください、着払いで」といった。鳩便なんてものがあるのか。住所を聞いて驚いた。「東京都新宿区信濃町」。そんな都心でレース鳩を育てている人がいるなんて。
 翌日、電話をすると日通のお兄さんが鳩便の段ボールを持ってきた。ちょうどバレーボールが入るくらいの大きさで空気穴がついている。中に入れても鳩は静かで、フタをされトラックで運ばれていった。無事に着いたのだろう。数日すると、男性からクッキーが送られてきた。お礼の電話をすると、男性は「あれは友人から譲り受けた大事な鳩でしてね」といい、少し鳩レースのことを話してくれた。日本中に夢中になって鳩を訓練し、レースをめざす男たちがいることを初めて知った。今日も東北の上空を、鳩たちは帰りたい一心で住処をめざし飛んでいるのかもしれない。

 鳩といえば、野生のキジ鳩も動けなくなって庭に避難していたことがある。数日、物置で保護していたのだけれど、これもまた飛び立つ気配をみせないので、仙台市の動物園に電話をしてみた。「野生の鳩なら引き取ります」といわれ連れていくことにした。いったいどうやって運んでいったのだったか。覚えているのは、事務棟の階段を上がっているときに、飛べないはずの鳩が急に暴れて逃げようとしたことだ。人に飼われているか、自然の中で生きているのかで、生きものはまったく違う行動をする。

 それにしても鳥はどうやって水辺を感知するのだろうか。数十メートルの上空からでも見つけられるのは、目のよさなのか、匂いによるのか。命をつなぐために、人には想像もつかないような力を働かせて鳥は舞い降りてくる。このごろは定期的に、シジュウカラが水を飲みにくる。春はカッコウが毎日のように通り道にしていた。隣の敷地の桜の花びらの蜜を吸ってお腹いっぱいになると池のまわりで過ごし、どこかへ飛んでいく。ずいぶん前のことになるが、池で金魚を飼っていた頃は、光る魚を狙ってか、大きなサギが下りてきて驚かされたこともあった。

 小さいし汚いし、ドブのような池である。それでも、春になるといつのまにかアメンボが動き、夏にはヤブ蚊がわいて、それを狙うトンボがくる。トンボはここを産卵の場所にしているようで、夏はハグロトンボもシオカラトンボもヤンマも寄ってきた。去年はメダカを20匹ほど放したら、だめになったかに見えて春になったらどこにひそんでいたのか、数倍の数となって現れ、すいすい泳ぎ回っている。水中生物もいるし、くさむらにはカナヘビもいるから、目のいい鳥は、それをめざとく狙って舞い降りて下りてくるのだろう。

 水辺のまわりの生きものの循環。たったこれだけの水たまりが、見えない微生物を育て虫を集め、高く飛ぶ鳥にまでその存在を知らせて、生きもの図鑑のような大きな世界をつくりあげているのだ。水ってすごいなぁと、ながめるたびに小学生のように感嘆する。
 まぁ、待っていても、レース鳩はあれから一度も訪れてはくれないけど。