さて、何から話を始めようか。

大野晋

先日、東京駅の駅前、昔、たしか国鉄の本社ビルが建っていたところの丸善で買い物をした帰り、食事をしにつばめグリルに立ち寄った。久しぶりにアイスバインとザワークラウスでビールを飲んだ。やはり、禁酒中のビールはあまり芳しくなく、ちびりちびりと舐めながら、柔らかな肉と酸っぱいキャベツをおいしく食べた。

なんで、こんなことを思い出したのかというと、後日、Amazonをいつものごとくごそごそ覗いていると、青池保子のZの新刊を見つけたからだ。Zというのは少女漫画誌にしては珍しい硬派なスパイミステリーで、もともとは1976年から連載の続いている「エロイカより愛をこめて」というコメディ漫画からのスピンアウトで、本筋もスピンアウトも少女マンガには見えないくらい武器がリアルに描かれている。もう32年も連載しており、今調べたところによると「ガラスの仮面」、「こちら葛飾区亀有公園前派出所」とほぼ同期になる。ところで、この本編の方の主人公のひとりであるエーベルバッハ少佐の食事シーンで非常に気になった食べ物がザワークラウスとアイスバイン、そしてジャガイモのフライ(寄宿舎のシスターが作った?)なのだ。そんな感じで、食物つながりでなつかしの漫画にとんでしまい、Amazonをくりくりっとしていたら、最新刊のが出てきてしまった。これを久々に全刊読むべく、いつものように大人買いに走った。

ところで、36巻(連載中)もの大作を大人買いするとなかなか壮観な眺めになる。で、今のところ、そのコミックの山は置いといて、引越し荷物を解きながら、出てきた長編を番号順に並べながらついついそのまま読み進めてしまい、抜けた数冊がどこに消えたかをダンボールの島々を探し回る毎日である。

そういえば、手持ちのCDの方もとんでもないことになっていて、1500枚入ると豪語した棚を2本丸々いっぱいにした上で、500枚入るらしい棚も動員したが、まだ段ボール箱4箱が積みあがっている。しかも、困ったことにそれで終わりかと思ったら、つい、昨日、手を付けられていないひと箱を発見する始末。困ったことに、これらの何割かは封も切っていないので、いつ頃、全てを聴き終えるかは一向にわからないし、ましてやABC順に作曲者で並べようなどということなど夢のまた夢の状況。このような状況なのに、ぼやぼやしていると、二桁単位で新しいCDが増えていってしまう。結局のところ、荷物は散らばっているだけで、一向に底が見えない上に、新たに足しているという最悪の状態なのだなとこれを書きながらようやく理解した。

10月最後の土曜日は初台のオペラシティまで都響のコンサートを聴きに出かけた。(引越しの荷物も片付かないのに)そういえば、地下にあったパスタ屋が知らないうちに閉店していた。あそこのダブルハンバーグカレー?好きだったのに。話は戻して、本日の指揮者はロッセン・ゲルゴフという若手。若干、32歳。奥さん日本人。今年の場合には最後の奥さん日本人というのが効いていて、安心して来日する音楽家はなんらかの伝手か、情報か、または使命感を持っている。この人の場合には、予定されていた指揮者が放射能が怖いために出演をキャンセルしたことから急遽ブッキングされたもの。家族が日本にいるのでもってこいの若手だったのだろうが、事前に調べた情報では、日本のアマオケや地方のプロオケを指揮して回っているのだが、いまひとつ、プロオケを指揮した際の評判が芳しくない。

ということであまり期待しないでホールに入る。なにせ、会員券を無駄にしちゃいけない。ところが、演奏を始めて一変、ホールはフィラデルフィアサウンドに包まれた。都響にこの音を植え付けたのは前の音楽監督のジェイムズ・デプリースト。しかし、ここ数年、こうした音をきちんと出せる指揮者にはお目にかかれなかった。代打のゲルゴフ氏、うまいこと、壷にはまっている。しかも、協奏曲を含めて全ての曲を暗譜で指揮するなど、きちんと予行演習もできている様子で、少ない機会をきちんと生かせたのではないだろうか? ぜひとも、何かのポジションに付いてもらって、アウトリーチ活動などに帯同して、うまいオーケストラを演奏する機会をもっと持てば、おお化けする可能性があるように感じた。なにせ、奥さんが日本人で日本で活動をしている方ですので、そうした機会を日本で持つのも、また、音楽の国際化のために有効なのではなかろうか。

さてさて、ちなみに、丸善の上のつばめグリルでは芋だけは食べなかった。思い返すと芋も好物だけに少し残念。